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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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航空母艦 祥鳳 (Hasegawa製)  

◆日本が喪失した最初の空母をサクッと作ってみた◆

プラモデルを作った方はある程度経験があると思うが、丁寧にとか、綺麗にとか、現物に近づけようとか思いながら製作していると、ついつい根気を詰めてしまい途中でストップしおて放置プレイになる。それどころか、購入したまま箱も開けずに放置(通称:箱積み)して、模型ショップ顔負けの在庫状態・・・なんて方もチラホラ(笑)

そういったお悩み対策として、「プラモの箱を開けて目に見える場所に置けば、その気になる」という説もあるが、完成するまでの道のりの遠さに自ら閉口し引き籠っている。ならば、多少手抜きしても見映えの良さで時間短縮すれば、生産性が上がるような気もする。

今回ご紹介するのは、「製作の時間短縮」にチャレンジした空母祥鳳(しょうほう)。

空母祥鳳 (1)
ベースキットは瑞鳳と同じ。デカールも選べる。

前回の空母瑞鳳を制作した時よりは技術的にも工具的にも若干進歩しているので、仮組みから下地塗装まではイッキに進む。

空母祥鳳 (3)
今回、下地塗装はオキサイドレッドのサーフェイサーでチャレンジしてみた。

空母祥鳳 (5)
調色して軍艦色をエアーガンで吹き付けるよりは、軍艦色のラッカースプレイを買って作業するのが楽だし安上がりだと最近気づいた(笑)

空母祥鳳 (6)
飛行甲板の塗装も「タン」のラッカースプレイで均一な仕上りに。

祥鳳だけでなく、珊瑚海海戦当時の翔鶴や瑞鶴も飛行甲板の前部の対空防御兵器は極めて貧弱で、前方から敵機に攻撃されたらひとたまりもない。

案の定、祥鳳は米軍の空襲により恰好の標的となり、無数の爆弾と魚雷攻撃を受け瞬く間に轟沈したという。

空母祥鳳 (8)
航空甲板の白線及び艦尾の紅白のデカールは非常にありがたい・・が、丁寧に作業しないと仕上がりを左右するので気を付けよう。

甲板両サイドの可倒式の5本のアンテナ(支柱)は作業中に破損するリスクがあるので、最後に接着するのが賢明であろう。
小生も誤って二本破損してしまった・・・(汗)

ここまで約2時間の作業。塗装の乾燥時間も含めれば上々であろうか・・・。艦載機はほぼ同等の時間がかかるとは覚悟していた。

空母祥鳳 (11)
附属のプアな艦載機もチョッと手を加えればそれなりの見映えになる。

【艦歴】

日本海軍では、いざ戦時となった時に短期間で空母に改修して戦力を補強できるようにするための、高速給油艦「剣埼」(つるぎざき 1番艦)と「高崎」(同型艦)の建造を計画した。「剣埼」は建造途中で潜水母艦として完成させることになり、昭和14年1月、横須賀工廠で竣工しました。同じく潜水母艦として計画されていた「高崎」が航空母艦「瑞鳳」として完成したため、「剣埼」も航空母艦に改修され、昭和16年12月、「祥鳳」と改名、翌年1月26日第一航空艦隊第四航空戦隊に編入された。

昭和十七年5月7日、海戦史上初の空母対空母の決戦となった珊瑚海海戦で米軍機動部隊の空母機による空襲により、4ヶ月あまりの短い艦命を終えるとともに日本空母の喪失第一号となった。

空母祥鳳 (13)
何かとマリアナ海戦まで活躍した瑞鳳と比較されてしまうが、米軍の機動部隊に最初の攻撃を仕掛けた武功艦なのである。

空母祥鳳 (14)
附属品とは思えない零戦21型と九七艦爆。

空母祥鳳 (18)
迷彩模様の九七艦爆。

【空母祥鳳 主要項目】 (建造時)

基準排水量:11,200t  全長:185m 幅(水線最大幅):18m 飛行甲板(長さ×幅):180×23m 吃水:6.64m
旗艦出力:52,000hp 武装:40口径12.7cm高角砲(連装×4) 
搭載機:艦上戦闘機(常用21機)、艦上攻撃機(常用6機/補用3機)
速力:28.0ノット
完成:1941年

空母祥鳳 (16)
総製作時間:推定4時間。

さっさと作るか、購入した金額に見合うように真剣に作るかは個人の自由だが、部屋に箱積みするぐらいならサッサと作るのが得策だと思うのだが・・・・(笑)


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Posted on 2019/01/16 Wed. 22:00 [edit]

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鷹の巣出丸 (群馬県安中市板鼻)  

◆背丈を越えて荒れ狂う大藪に突入を断念した砦跡◆

日本で最高地点にある楡沢城の藪漕ぎで心が折れ進退窮まる経験をした小生なので、大抵の藪には動じないが、グンマー帝国の山城に蔓延る藪や竹林は格が違うというか、そこまで原野に戻してよいものかと思うくらい異次元である・・・(汗)

なので、今回ご案内する鷹の巣出丸は途中で撤退するのでご容赦願いたい・・・(笑)

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県道171号線の脇から鷹巣神社への参道を意気揚々と登るのだが・・。

【立地】

碓氷川の左岸の崖状の鷹ノ山と呼ばれる山頂にあり、蟹沢を挟んだ対岸には板鼻城が目と鼻の先にある。嘗ては鷹巣神社の社殿が山頂に勧進されていたようだが、現在は朽ち果てて何もなく入口の古い門だけが残っている。

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参道を登った先には小屋掛け出来そうな平場がある。

【城主・城歴】

その名の示す通り、対岸の板鼻城の出丸で碓氷川に衝立のように聳える要害の地である。鷹巣神社が朽ちてしまったためか、入口の門のところ(上杉家の墓地)に石祠と神社の石碑が建てられている。痩せ尾根で駐留出来る人数も限られるため、板鼻城の物見か烽火台として機能していたと思われる。

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一段上の水源池も郭跡のようである。

【城跡】

県道脇の取り付け道路を歩いて登った先には水源池や墓地を含めて三段の削平地がある。ここに小屋掛けして交代で兵士が寝泊まりしていたか、休息していたと思われる。墓地には古い門が建ち、ここから山頂の郭に向けて通路があったようだが、大藪に阻まれて立ち入る事さえ不可能なほど荒れ果てて原野に戻りつつある。
宮坂武男氏の10年前の調査によれば、神社跡の石垣の囲いは頂部まで数段あるものの砦としての遺構は不明で堀切などは見当たらなかったと記述している。

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「何で墓地に神社の石祠があるの?そしてその背後の門は何なのさ?」

意気揚々とここまで登ってきたので、この門の先を登れば砦の中心に行けるものと信じてやまなかった・・・・・

そして、その門の先へはどう考えても進めないという絶望感を味わうのであった・・・・(笑)

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門を塞ぐように立ち憚る大藪。この先に痩せ尾根沿いに神社本殿に続く道があったのだ。

鉄塔側から北へ迂回して入れないものかとトライするが、グンマー帝国の大藪の前に無力さを痛感するのみであった。

「撤収!!」  こうして鷹の巣出丸の探訪は終了したのであった・・・・・(汗)

≪鷹の巣出丸≫ (たかのすでまる)

標高:174.4mm 比高:51m(碓氷川より) 
築城時期:不明
築城・居住者:不明
場所:群馬県安中市板鼻
攻城日:2018年11月3日
お勧め度:- (興味があれば)
城跡までの所要時間:- 駐車場:無し(邪魔にならないように路駐)
見どころ:-
付近の城跡:板鼻城、安中城、板鼻古城など
注意事項:藪に立ち向かう道具と勇気があっても止めましょう(笑)
参考書籍:「信濃をめぐる境目の山城と館・上野編」(宮坂武男著 2015年 戎光祥出版)

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碓氷川の直下から出丸の頂部を見る。さすがにこの壁は登れませんネ。


「S」は登り口。鷹巣神社まで道があるように描かれているが到達は現時点では到達不可能。

Posted on 2019/01/08 Tue. 21:26 [edit]

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板鼻城 (鷹巣城 群馬県安中市板鼻)  

◆武田によって築かれた箕輪城攻略後の兵站補給基地か?◆

グンマー帝国の城砦群はとても魅力的なのだが、如何せん藪や竹林に覆われて踏み入る事すら敵わない場所が多く難儀する。

信濃の山城のように晩秋~冬~春先にかけてスッキリ遺構が見えるなら良いのだが、年中あまり変わり映えしない・・(汗)

今回ご案内するのは、主郭の周辺以外が全山藪に埋もれてしまって、まともに観察できない板鼻城。

板鼻城 (1)
以前は耕作地だったようだが、城址は一部住宅地となるも荒れ放題の藪ボーボー状態。

【立地】 ※「信濃をめぐる境目の山城と館 上野編」(宮坂武男著 戎光祥出版) P228より引用

碓氷川の左岸、天神山から南東へ延びる丘陵の先端部の台地上に位置する。板鼻城の南西には蟹沢川を挟んで、碓氷川との間に鷹ノ山があり、ここに鷹の巣出丸があり、北西には板鼻古城が隣接し、東には小丸田曲輪が続き要害地域を形成している。

板鼻城 (2)
ここは幅約10mの堀跡なのだが、とてもここに飛び込む勇気などある訳ない・・・(汗)

【城主・城歴】

宮坂武男氏の調査記述によれば、長野業政が女婿の後閑城主依田光慶に懇望して築城させ天文七年に光慶自身が板鼻に移ったという伝承は疑問視されているという。「上州古城累記」には長野業政と武田信玄が板鼻で三度合戦を行うがこの時には塁(城)は無かったとして、箕輪城落城後に西上州が手に入った時に武田軍が築城し、信玄の家臣の依田六郎が入城したのではないかとして、この説が有力だという。

板鼻城 (5)
郭2は現在も耕作地となっているので往時の面影が残る。

天正十八年(1590)の小田原の役の時には、北条支配の板鼻城は上杉景勝軍に攻められて落城、その後廃城となった。
慶長年間になると、安房国の戦国大名里見忠義の子の里見讃岐守忠重が上野板鼻藩1万石を与えられて小丸田曲輪に陣屋を建てたというが、慶長十八年に改易されたという。

板鼻城 (6)
堀を介して隣接する郭3は調査不可能なほど大藪に覆われている。

【城跡】

丘陵の最上部(三角点及び鉄塔付近)の住宅及び周辺が主郭で周囲が堀により区画されているのが観察できる。主郭の西隣は堀切を介して果樹園と畑になっているのが郭2で、それ以外の郭は藪に覆われてしまい調査不能である。宮坂武男氏の縄張図によれば丘陵全体を堀切で区画し大きく六つの郭があるらしいが、徹底的に藪を駆り払わない限り全容を見るのは無理であろう。

板鼻城 (7)
堀形、主郭の切岸が唯一観察できる場所。

板鼻城 (10)
現在民家となっている主郭には土塁が残っているようだ。

【小丸田曲輪】

城域の東端には独立したような形で小丸田曲輪があり現在跡地は老人福祉センターと児童公園として利用されている。
陣屋だけなら、見晴らしも良いし比高も高くないので絶好の立地でsる。

板鼻城 (18)
現在は老人福祉センターの建つ小丸田曲輪。

板鼻城 (16)
小丸田曲輪からの風景。端に鷹の巣出丸がかすかに見える。

要害の地ではあるが、戦闘用の城というよりは地域経営の拠点としての城及び上野攻略の兵站補給地として機能したと思われる。

≪板鼻城≫ (いたはなじょう 鷹ノ巣城)

標高:169m 比高:50m 
築城時期:不明
築城・居住者:不明
場所:群馬県安中市板鼻
攻城日:2018年11月3日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:- 駐車場:無し(邪魔にならないように路駐、或いは老人福祉センター借用)
見どころ:土塁、堀切など
付近の城跡:鷹の巣出丸、安中城、板鼻古城など
注意事項:特に無いが、ガレ山なので足元や頭上に注意
参考書籍:「信濃をめぐる境目の山城と館・上野編」(宮坂武男著 2015年 戎光祥出版)

板鼻城 (1)
国土地理院にもデカく載っていたので少し期待したが、見事に裏切られました・・・(笑)

Posted on 2019/01/05 Sat. 11:33 [edit]

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2019年の新春によせて その2  

◆北信濃を代表する隠れた名城 その2◆

正月三が日の最終日。地区の新年総会があり滅多に昼間から酒など飲まないのだが、久々に楽しませていただいた。
さすがに酔いが回るのが早い・・・(笑)

せっかくなので新春初夢企画の第二弾を掲載しておきます。
前回ご案内した霞城とともにお手頃に訪問観察できる北信濃の石積み仕様の山城なので、お時間があれば是非お出かけください。

【鷲尾城】 (千曲市倉科)

●主郭を全周する石積み

鞍骨城の南西を守る砦で主郭は平石の石積みが全周している。古墳(倉科将軍塚古墳)を縄張に取り込んだ山城で、海津城(松代城)周辺の砦群と共に戦国末期まで改修されながら使われたと思われる。

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ゆっくり休み休みで30分、せっかちに登れば15分・・(笑)

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主郭の虎口は二段の石積みが築かれて厳重な防御体制を敷いている。

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主郭の西側の高石積み。「折れ」を意識して造作されているが、霞城ほどの技術水準ではない。それでも圧倒される。

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石積みは鉄炮を想定し関西から伝わった防御システムであろう。裏込めは無くとも切岸を利用すれば重厚な防御である。

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城の正面(大手)は相当に厳しい防御であることは、石積みの高さで分かる。

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主郭背後の石積み。もはや芸術品のようである・・・。

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鞍骨城と似た石積みの形式なので、ほぼ同時期で同じ意図をもって古い中世城郭が近代化への改修がなされたのであろう。

●主郭背後の堀切

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信州の山城では定番の二重大堀切(主郭背後。主郭は右手になる)

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同じ二重堀切を南側から撮影。

二重堀切の先には長方形の副郭があり、その先は三重の堀切で遮断する厳重さである。

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堀切三本を撮影するのはチョッと大変。

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堀切①を堀底から撮影するとこんな感じ。

堀切と土塁、そして段郭で構成されたオーソドックスな中世城郭が、鉄砲の普及とともに石積みによる防御を取り入れて急激な変化を遂げていく。
関東の「土の城」、関西の「石垣の城」・・・東日本と西日本の接点であった信濃は独自の城文化を形成していく・・・・。

これから信州の「お城ライフ」を始めようという方々に、いきなり「鞍骨城」とか、「尼巌城」はハードルが高いので「霞城」と今回の「鷲尾城」は小生イチオシのお勧め物件です。是非その目で体験していただきたい北信濃を代表する城として推薦します!

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麓から見た鷲尾城の全景。

≪鷲尾城≫ (わしおじょう) 

標高:516m 比高:155m (大日堂下より) 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:千曲市倉科石杭
最新の攻城日:2013年12月31日
お勧め度:★★★★★ (満点)
城跡までの所要時間:20分 
駐車場:千曲市健康プラザの近くの公園駐車場を借用
見どころ:石積み、大堀切、古墳など
注意事項:石積みは脆くなっているので乗らない・足を掛けない・崩さない。
付近の城跡:天城城・鞍骨城・唐崎山城、妻女山、竹山城など


「S」は駐車場のある公園。登り口はそこから徒歩5分。

Posted on 2019/01/03 Thu. 20:52 [edit]

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2019年の初春によせて  

◆北信濃を代表する隠れた名城◆

新年あけましておめでとうございます。

更新頻度が落ちた上に、城ではなくヘタクソな素人のプラモ制作記事も多くなり読者離れに拍車がかかっております・・(汗)

まあ、いつまで更新が続くか分かりませんが、末永くご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いしますw

新春初夢企画として、昨年の12月に再訪した北信濃の小生お勧めの名城のショットをお楽しみください!

【霞城】 (長野市松代町大室)

●大手門(石門)

平石の石積みでありながら、近世城郭の縄張りを持つ珍しい山城。※詳細は⇒霞城2を参照願います

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霞城(長野市松代町大室)の石門登山口。最近トレッキングコースとして整備されたようだ。今回このコースからの登城は初である。

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地元では「石門」と呼ばれる霞城の大手門の石積。

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折れを伴う見事な石積み。見る者を圧倒する迫力である。

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桝形から強制的に左へ迂回させ城域の東尾根に続いている。

実はこの石門、宮坂武男氏の霞城の縄張図には描かれていない。見落としであろうか。「大手は西と言われ大木戸の地名が残っている」と説明文にありながら、どうした事であろうか。

●主要部

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北尾根から主要部への入口を守る重厚な石積み

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折れを伴う高さ2m以上の平石積み。裏込めしていないが石垣と呼べるレベルにある。

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主郭の東側に接続する郭2の南側の虎口。

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主郭を取り巻く石積み。

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落差を伴う東斜面に対しても丁寧に石積みが積まれていて見事な景観である。

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南側より見た霞城の全景

≪霞城≫ (かすみじょう)

標高600m 比高60m
築城年代:不明
築城・居住者:大室氏?
場所:長野市松代町大室
駐車場:無し(上信越道の高架橋付近に邪魔にならないように自己責任で路駐)
最新攻城日:2018年12月24日 
お勧め度:★★★★★ (満点)
城址までの所要時間:10分
見どころ:折れを多用した縄張と荘厳な石積み、石門と呼ばれる大手門、稜線からの景色


「S」は登山口。北側の永福寺からのルートが良く知られているが、今回のコースのがお勧めである。

今年も皆さんのお城ライフが充実することを心より願っておりますw

Posted on 2019/01/02 Wed. 15:34 [edit]

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城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

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