らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0726

楡沢山城① (別名:木曽義仲隠れ城 塩尻市楢川楡沢山・辰野町瀬戸沢山)  

◆国内最高所にある伝説の山城への挑戦◆

信濃の山城で標高が100m~1200mとかに位置すると、かなり高い部類には違いないが、登り口自体が結構な標高なので「比高差」(登り口の標高から目的地までの標高の差)という物差しで測るとそれほどでもなく、平均すれば比高差は200m~400mぐらいで、500mを越えるとそれでも結構しんどい部類にはいる物件であろうか。

我ら信濃先方衆の山城探訪におけるMAXの標高と比高差を誇るのは、岩原古城(さるが城)で、標高1510m、比高差は700mである。

んで、今回ご案内するのは、先日チョコっとお披露目しました「木曽義仲隠れ城」の楡沢山城。(にれさわやまじょう)
標高1754m、比高差865mに位置する山城は国内最高所であり、比高もマストだと思われる。

IMG_2167.jpg
今回ばかりは綿密な登山計画が要求される。なので事前に購入した地理院地図に磁力線を引いてコンパス使用法も復習しておく。

【攻略までの経緯】

この難儀な山城については、信濃先方衆の相方である「ていぴす」殿から何度か聞かされていた。彼も何度か下調べで攻略ルートを探していたという。

秋口には廃村となった桑崎集落に通じる林道が閉鎖されてしまうこと、中腹に通じる坊主林道は営林署の許可が無ければ通行不可であること、標高が高い為に降雪が早く訪問する期間が限られてしまう事など・・・。

「そんな難儀な山城、慌てて行かずとも・・・」 なんだかんだ言い訳をして先延ばししていた。

2014年の春先にtwitterで知り合った「くうくう」さんとツイパで信濃合同城攻めでご一緒した事のある「naomochi-u」さんがSNS関連での楡沢城の一番乗りを実践された事をT/Lで知った・・・。

んーん、残念ながら我々は地元の利をもっていながら先を越されてしまったが、naomochi-uさん(彼は登山家でもある)から贄川ルートと城跡付近の情報が得られ、日帰り挑戦が可能な事が分かっただけでも有難かった。

当初計画①
SNSを駆使して情報収集の結果、このルートが日帰りで楡沢城に辿り着くべく最短ルートとして信濃先方衆の評定で決定された。

いつもならスマホの地図アプリ(国土地理院の地図表示方式)に頼るのだが、木曽の険しい坊主岳山系に電波が届くのかは疑問だったので、アナログ方式の基本であるコンパスと地図も準備し体制は万全とした。遭難するわけにはいかないのである・・(汗)

IMG_1923.jpg
装備のチェックは厳重である。

最近、(といっても2014年度版だが)のSNSの情報によれば、城址は腰までの高さのある熊笹に覆われていて現状の地形を掌握することは難しいと書かれていた。

つまり、晩秋に攻めようが春先に行こうが初夏にチャレンジしても、何十年に一度起こる熊笹の総枯れが無い限り遺構などまともには調査できないという事実がそこにあった。

「ならば、時は今・・・・」  我々の答えは単純明快であった。 決行は6月24日(土)と決まった。

楡沢山城 (95)
木曽ならかわ道の駅からポイント①までの比高は414m。山城3つ分の比高におののくものの、覚悟を決めて行かねばなるまい。

午前8:00に登山を開始して少し登ると鳥居があり平沢の稲荷社があった。

楡沢山城 (1)
地元で大事にされてきたようだが、最近は手入れされなくなっているようだ。

稲荷社から尾根伝いにしばらく急な山道が続くが、途中から道形がハッキリしなくなる。それでもポイント①までは何とか喘ぎながら到達することが出来た。

楡沢山城 (1)
当日のオンタイムのスマホ地図アプリのポイント①のスクリーンショット。(1304m)幸い電波は受信出来ているので一安心。

ここから坊主林道までは、等高線の間隔が詰まっていく=急坂という認識は地図が読める方には納得だろう。
我々も覚悟していたが、それにしてもこの急坂の角度はは想定外であった。

楡沢山城 (2)
小生の人生も「山あり、山あり」(笑)。 冗談はさておき、道に迷ったら安易に沢を下りてはいけないという鉄則は肝に銘ずべし。

そういえば、お城仲間の武蔵の五遁さんより、「楡沢山城に挑戦する際には、お仲間に加えていただきたい」との仰せを思い出したが、ご期待に沿う事は出来なかった。
万が一の不測の事態を想定した場合に、「安全は全てに優先する」という信濃先方衆の鉄則があるので、この場をお借りしてお詫びしたい。我々の安全自体も確証が無いのに、何かあったらご家族に申し開きが出来ない・・という小心ゆえであります。

楡沢山城 (4)
坊主林道手前の最終の登坂。標高約1520m。

楡沢山城 (5)
何とか坊主林道まで辿り着く事に成功する。(ポイント②)ここまで登山開始から105分なので、まずまず順調といったところか。

ここから当初計画のポイント③(城ヶ平の直下の登り口)までは坊主林道を横移動するつもりだった・・・。

楡沢山城 (2)
スマホ地図アプリのオンタイム画面。アナログの地図とコンパスと並行で使用することにより位置の確認の二重チェックを怠らなかった。

ここから約2km近く、坊主林道を歩くのである。

40度近い急斜面を登り続けた後に、カンカン照りの林道を並行移動するのは、結構しんどいものである。
しかも、林道から見た城跡への道のりを望見した時には、気が遠くなるような距離感に襲われてしまった。

そう、その思いと焦りが、我々を「ショートカット」という禁じ手に走らせる要因になったのである・・・。

楡沢山城 (8)
坊主林道から城跡方面を臨む。ここから更に林道を横移動して比高350mに挑むというのは、体力的にかなり厳しい。

次回、「心が完全に折れた85分の熊笹藪漕ぎと、誤認続きだった城跡の特定」を待て!!  (笑)

楡沢山城 (9)
歩くと分かるが、山の神の怒りに触れた坊主林道は至るところが土砂崩れや鉄砲水により寸断され崩落が酷い。

※この登山計画と表記しているルートは、楡沢山城への正しい道順を示すものではありません。ご注意願います。

IMG_1924.png
万が一に備え、家人に送った楡沢山城の地図情報。それなりの覚悟は必要であろう。
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Posted on 2017/07/26 Wed. 22:21 [edit]

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コメント

ここまで来ると・・・

ここまで来ると、もう、ステージⅢBの小生がコメントできる状況ではありません。完全にいってしまっています。
何が貴殿を呼び寄せるのでしょうか?
恐怖感さえ覚えます。
しかし、重症の方、多いですね。呆れ?
って人のこと言えるかな?

あおれんじゃあ #- | URL | 2017/07/31 22:25 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

結界は越えましたが、一線は越えていません・・・(ってどっかのバカップル議員のいい訳か?・・笑)

国内最高所にある山城で、しかもそれが長野県にあるのならば「行くしかあるまい」それだけの動機でした。

現地を訪問して思ったのは、諸説はあるものの木曽義仲隠れ城としての口伝が地元に残るのであれば、全くの鵜呑みにすることは出来なくても、狼煙台として使われていたか伊奈辰野口への逃げ込み城として認知されていたのだと思われます。

最近、松尾古城の遠見番所が山城巡礼のメッカとしてマニアには人気があるようです。ここを世間に広めるきっかけを作ったのは小生のブログでした。ウモさんが訪問して拍車がかかったようです。

次に日本最高所の山城として楡沢山城が脚光を浴びつつあります。が、信濃の山の険しさを知らずに安易に散歩気分で挑むのは止めて欲しいと警鐘のつもりで掲載してみた次第です。
やっと市民権を得つつある中世山城探訪が、生死を賭すほどの危険な趣味に転じる事は決してあってはならない。小生も師匠もそう願っているはずですよネ。

らんまる #- | URL | 2017/08/01 20:48 * edit *
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