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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0824

貝梅城 (安曇野市穂高等々力)  

◆烏川の洪水により遺構が消滅したと伝わる在地土豪の居館跡◆

この夏は「ものぐさ太郎」(物くさ太郎とも・・・信濃国筑摩郡の民話)のように無精者になると決め込んでいたが、休日に家でゴロゴロしたりプラモ制作に勤しむのも「ジジむさい」(意味が通じるのか??)と思い、無駄な体力とガソリン代をつぎ込んで信濃漫遊の旅に出ている・・・(笑)

今回ご案内する「貝梅城」(かいばいじょう)は、昨年ブロ友として和親条約(?? どんな条約なのか・・・汗)を締結した 久太郎の戦国城巡り に影響されて未訪だった安曇地方の城館を急遽訪問した中の一つである。

※以下は久太郎さんのブログの最近のトップページです。⇩

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なかなかツボを心得たユーモアにあふれた文章と、さりげなく端的に述べた史実は肩ひじ張らずに読めるのが嬉しい。



DSCF5083.jpg
穂高図書館(旧穂高町民会館)裏にひっそりと建つ碑。


【立地】

旧穂高町(現在の安曇野市)の市街地の北方、烏川、穂高川に近いところで、現在穂高町民会館があるあたりが貝梅城の跡と伝わる。宅地開発や鉄道の敷設、町民会館の建設等で遺構は全く確認出来ない。
穂高図書館(旧穂高町民会館)の北東隅に「貝梅城跡」と「東龍寺跡」の碑があり、僅かにその存在を後世に伝えている。

DSCF5084.jpg
隣接する「東龍寺」の碑。


【城主・城歴】

長野県町村誌には「貝梅城墟」として、「本村(東穂高村)の北に當、字北城にあり。当時田園となり、城郭石壁等不在。何人の居城や不詳」とある。

IMG_1883.jpg

城跡碑の傍らの「由緒」には次のように書かれている。

「此の地には、往古貝梅城と称する古い城郭があり、信府統記によれば、高根伊勢守という人が居館したと言われている。その後中世に在地領主が北城を築き、西隣には五輪の塔があったことを伝える地名があり、南隣には堀を巡らした東龍寺というお寺があった。
天正年間、烏川の洪水により、これらは全て押し流されたと伝えられている。ここに城館並びに寺跡の碑を建立して後世に残すと共に、無縁仏を供養するために併せて供養塔を建立する。
平成二年四月二十九日 貝梅城・東龍寺の碑並びに供養塔建立委員会 」

IMG_1884.jpg
「由緒」書き。

≪貝梅城≫ (かいばいじょう)

標高:536m 比高:-
築城時期:不明
築城・居住者:不明
場所:安曇野市穂高等々力北城
攻城日:2017年6月18日
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:- 駐車場:穂高図書館の駐車場借用
見どころ:石碑のみ
付近の城跡:等々力城、古厩城、穂高氏館など
注意事項:特になし
参考書籍:「信濃の山城と館⑦ 安曇・木曽編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)

IMG_1885.jpg
残念だが、周辺には何の遺構も確認出来ない。



IMG_1887.jpg
石碑は凄く立派なのだが、何故この城にこれだけお金をかけるのか不明だ・・・。
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Posted on 2018/08/24 Fri. 21:52 [edit]

CM: 2
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コメント

来訪者うなぎ上り?

おはようございます!(今、朝なんで・・)

あれ?、???、なんで自分の記事がらんまるさんの記事に・・?
俺、サイバーミス・・やってしまったか!!
と思ったら、ご紹介いただいたのですね~。

ありがとうございます!・・ちょっと焦ってしまいました(^_^;)
自分にとって、らんまるさんや、しんこうさん(長崎在住)のブログというのはとても参考になる教科書以上の理想的なブログ内容です。

・・ですのでそんな神的な方のお目に止まるだけでも光栄なのにお褒め頂けるなんて、恥ずかしい、恥ずかしい!
これからもこんなワタクシですが気楽に更新していこう、と士気が上がった次第です。

さて、らんまるさんの今回の貝梅城、実は去年の安曇野マラソンの城館めぐりで、欲張って「もう1城」行きたいと思いつつも、ギリギリ諦めた城館でした。

ですのでこうして記事で紹介していただき、とても興味深く拝見させていただきました。
「立派は石碑ですね(笑)」
としかいいようがありません・・。

そして石碑フェチの私から一言クレームしたいのはこの手の石碑。
磨き石や大理石は撮影者の姿が映り込んでしまう欠点です。

なら角度を変えて、となると、今度は光が反射・・、
なら遠くから望遠で、となると、手振れ・・、
それでは、車に積んである踏み台に登って上から・・、

それでも納得できる写真が撮れるのは少ないです。

あげく、アイツはさっきから何をしてるんだ?と
ご近所からの通報スタンバイに冷や汗。

それでも石碑は素晴らしい!ということが言いたかった久太郎です。
『久太郎の戦国石碑城めぐり』に改題される日も近いかも・・。(笑)

らんまるさんへ #- | URL | 2018/08/25 09:56 * edit *

Re: 久太郎様へ

中世城郭の教えを広めていくには、小生のような地域密着型の布教だけでなく、ある程度の広義の方の解釈や教えも必要であろうと判断して、貴殿のブログを紹介するにいたりましたこと、平にご容赦願えればと・・・(汗)

郷土や故郷の歴史を伝える(というか知っている)お年寄りが少なくなりました。
核家族化や限界集落(この言葉は嫌いですが、受け入れなければならない時が近づいています・・・汗)がこのまま進むと、城址すら伝承されることなく中世城郭の研究は終焉を迎えるという危惧を抱いています。

さりとて心から楽しめない中世城郭研究など論外で、現在一部の方々が派閥や同志を募る事に集中して排他主義に陥っている現状を憂うばかりです。

「野山を駆け巡り、戦国時代の乱世に思いを馳せる」

堅い話になってしまい恐縮ですが、城巡りはもっと自由で楽しくそれぞれの楽しみ方があっても良いと思っています。

「久太郎 戦国石碑巡り」ですか、良いと思います(笑)

自分も含めて匿名のブログの管理人が石碑に思わず写っているケースを多々見かけます・・・(笑)

「頭隠して尻隠さずかあー」

ダム名とかダム湖の石碑も写り込みを警戒するあまりピンボケ画像に苦笑する日々です。

実のところ、山城に飽きて艦船プラモに走り古墳にコーフンして、最終的には山城を続けるのでしょうネ。

今後とも御贔屓にお願いしますネ!!

らんまる #- | URL | 2018/08/25 20:12 * edit *
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