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らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0830

等々力城 (安曇野市穂高)  

◆明確な櫓台や虎口を今に伝える在地土豪の堅固な城館跡◆

来る日も来る日も酷暑続きと言われようとも、平成最後の夏である。

行く夏を惜しむように、先日は須坂市の米子大瀑布を初めて訪れてみた。

一昨年の「真田丸」のオープニングのタイトルバックで岩櫃山と沼田城のCG合成写真で問い合わせと訪問客が殺到した滝である。

真田丸①
難攻不落は間違いないが、絶対に攻めたくないし、籠城もしたくない。辿り着く前に遭難しそうな立地ではある・・・(笑)

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米子瀑布の不動滝。権現滝とペアの滝なので、恋人同士のパワースポットとして人気があるらしい。

この日も中年夫婦や恋人同士が多数訪れていたが、「一人で来ちゃダメなの?」・・・・「ダメですw」・・・・(笑)

須坂市から12kmほど林道を登るのだが、小型乗用車や5ナンバーのワゴン車は通れる。これからの紅葉シーズンはマイカー規制がかかるので事前にWebサイトで確認をお願いします。駐車場からは800m程の登山になるのでそれなりの装備はお忘れなく。

今回ご案内するのは、そんな米子瀑布とは全く関係のない安曇野シリーズ在地土豪の居館跡「等々力城」(とどりきじょう)である。

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虎口手前の馬出に立つ木製の標柱。天正八年の築城とあるが、根拠となる史料はあるのだろうか。

【立地】

穂高市街地の東部、穂高川の右岸の水田地帯にある。一帯は平坦地で南に欠の川が流れ、北側にはワサビ畑があり、その中の微高地に立地する。安曇野では最も低地で諸河川が集まり犀川に注ぐ所である。

等々力城見取図①

【城主・城歴】 ※宮坂武男氏の解説文引用

応永の「大塔物語」の中に大文字一揆中に「戸度呂木」(どろろき)が登場し、永禄十年(1567)の生島足島神社の起請文の中に仁科氏被官の等々力定厚の名が見える。等々力は戦国期に見える郷名で、天文十九年の仁科某の発行状によれば、井上帯刀に宛行っていたり、天正六年の下諏訪春秋両宮帳や文明十五年の三宮穂高社御造営日記等にも造営の負担をしていることが分かっていて、その後も度々負担を課せられていることが出てくる。

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虎口西側の土塁。

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虎口の櫓台から北側に続く土塁。これだけ綺麗に残っているのには驚いた。

武田氏滅亡後の天正十年11月6日、上杉景勝は「仁科之内等々力分」300貫の地などを牧島足軽衆に宛がっていて、同十七年には小笠原貞慶は「矢原、等々力、細萱之内九十貫文」を井口帯刀に宛行っている。(井口文書)この地には仁科氏の被官で等々力氏が居て、この城には同氏にかかわるしろと考えられている。この城は室町時代の頃に等々力氏によって築城されたようで、戦国期には北のほうに北城、東の方にあら城を配備して防備を固めている。
武田氏滅亡後は小笠原氏に従ったらしいがやがて帰農したようである。

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東側から見た城の内部。大きく5ヶ所に区分されていたようだ。

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城の内部から虎口周辺を振り返る。中々厳重な出入り口であった事が伺える。

【城跡】

城址は東西に長い長方形部分(105×50)の部分と、北側に2m程高い50×50の三角形の部分で分けられている。西に続く台地とは上巾12~20mの堀で区切られている。

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土塁の終点には三角形の郭が確認出来る。

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南側から見た三角の郭。

欠の川との間に三角形の12×14の平場があるので、馬出であろう。従ってここが大手口と思われる。
虎口の北側の土塁は15×10 の広さがあり、一曲輪を形成している。おそらく櫓台であったと思われる。また、往古は土塁が全周していたと思われるが、水田化したときに崩してしまったのであろう。北側の堀は現在ワサビ畑になっている。

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城域の西側の堀切跡。ここまでが城域だったと考えられている。


≪等々力常≫ (とどりきじょう)

標高:536m 比高:7m
築城時期:不明
築城・居住者:等々力氏
場所:安曇野市穂高等々力
攻城日:2017年6月18日
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:- 駐車場:無し ※周辺の道路は狭いので路駐には注意が必要
見どころ:土塁、櫓台跡
付近の城跡:小岩嶽城、熊倉氏館、細萱氏館など
注意事項:特にないが耕作地なので農作物を荒らさないように。
参考書籍:「信濃の山城と館⑦ 安曇・木曽編」(宮坂武男著 2013年 戎光祥出版)



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Posted on 2018/08/30 Thu. 22:51 [edit]

CM: 2
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コメント

双体道祖神

この付近、双体道祖神を探してウロチョロしたところです。
こげな物件があったのは知らんかったですわ。
この辺にはあちこちに小さな館がありますね。
ワサビアイス、意外と美味かった・・は、どうでも良くて。

ところで米子の滝、懐かしいねえ。
50年くらい前に行きましたわ。
あの林道は今は舗装されているようで。

あおれんじゃあ #- | URL | 2018/09/02 23:16 * edit *

Re: あおれんじゃあ様へ

この辺りは細々とした城館が多くて、有名どころは小岩岳城とか岩原城ぐらいでしょうか。

観光シーズンは大王わさび農場を中心に付近は大渋滞ですね。安曇野のネームバリューはかなり浸透したようですが、おかげで付近の住民は生活道路まで県外客が入り込んで迷惑千万。難しいところです。

米子瀑布までの林道は舗装されて、この日もかなり多くの県外観光客で賑わっていました。5ナンバーのワゴン車でも余裕で終点まで登ってきてました。パワースポットの宣伝恐るべしってとこですかネ(笑)

らんまる #- | URL | 2018/09/03 07:55 * edit *
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