らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0828

飯網城(上田市)  

◆村上氏の連珠砦最大の城塞◆

例年なら、お盆を過ぎれば信州も涼しくなるのだが相変わらずサイパン並みの残暑。
それでも道無き山城を目指す・・・ほとんどビョーキに近い(笑)
スポーツドリンクを冷凍して持参したのに、解凍に時間がかかり脱水状態でヤブと戦闘してるありさま(爆)

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↑飯網城の登り口にある豊秋霧原埜神社。階段=登山口の定番です

【飯網城】

飯網城は塩尻村秋和字飯縄山の頂にある山城ナリ。
本郭は東西15間、南北20間アリ。東、西、南の三面には帯郭数個アリ。段階には石垣所々に遺存ス。里人此の地より土器、鍋等の断片を得たることアリ。宝永郡絵図には赤羽兵部の城と載ス。
(小県郡史)

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↑子熊は可愛いのですが、母熊が必ずいるので近寄ってはいけませんと書いてある。プーさんはOK?

太郎山城塞群の攻城には偉大な先駆者である上田小県の城のサイトや春の夜の夢のアテンザ様のブログを道標にさせていただいています。

偉人の方々は飯網城の搦手から攻め入ったようですが、今回は敢えて大手から攻めることにしました。

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↑神社脇の林道を登ると2番目の左カーブがあり、その奥を進みます。

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↑NO20の鉄塔方面に進みます

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↑この鉄塔脇から尾根伝いに道無き直登を開始しますw

「砥石城攻めの横田備中守はどんな気持ちだったのだろうか?」ふと考えました。(なんでだろ?)

花古屋城の時に出逢ったらしき狐がまた出迎えてくれました。

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喘ぎながら登る事30分で堀切らしきものを見つけて城域へ、それから5~6段の帯郭が連続します。

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結構広い城域で、全長300m近くあるんでしょうか。帯郭を越えるとかなり広い三郭が出現します。

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この先は、この地方の山城の特徴である二重堀切が定番で出現します。
岩壁を遮断するのは難関工事だったと思われます、ハイ。

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三の郭⇒二の郭(物見台)は堀切で断ち切ったあと、腰郭を中間に設けています。

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↑土留め用と思われる二の郭周辺の石積み

物見台と思われる二の郭は、アラ城の本郭と同じような構造で、広さも似ていましたが・・・・

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↑中央には石を積み重ねた意味深な祠

背後の堀切の深さとスケールには久々に身震いと感動を覚えました!!

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↑堀切の底から二の郭頂上を臨む。深さにして約10m近い。

削岩機や重機も無い時代にいったいどうやったらこのような作業が出来るの??

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↑堀底から本郭方面。5mぐらいの段差がります

堀切の北側が本郭です。小県郡史の記載通りにかなりの広さがありましたが、この時期はヤブに覆われているので何が何だかよくわからない・・・・(笑)

帰り道は坂道を転がるように鉄塔へ。
毎回思うのだが、帰路が面倒くさい。どこでもドアがあればいいのに・・・(爆)

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↑上田大橋から見る村上連珠砦群

≪飯網城≫ (赤羽兵部城とも)
場所:上田市秋和(標高757m 比高300m)
攻城日:2010年8月28日
お勧め度:★★★★☆
時間:国道18号線の上塩尻東の信号を上田バイパスへ入り大蔵京古墳入口を曲がる。林道はあるが車高の高い4WDかオフロードバイクで無いとキツイ。神社付近に路駐して鉄塔脇から登るのが良い。
見どころ;二重大堀切、土塁、石積み、腰郭、二の郭(物見台)からの展望
注意:岩を垂直に断ち切った深い堀切は滅多に見られない。生涯の思い出になる。


Posted on 2010/08/28 Sat. 21:19 [edit]

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