らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0829

持越城(上田市)  

◆太郎山城塞群の物資補給基地◆

僕の部屋からは太郎山~虚空蔵山が一望出来ます。
地元の人がその場所にある観光地やスキー場に行かないのと同じで「いつでも行けるからイイや・・」(笑)

2007年の秋に和合城~虚空蔵山城を縦走したら6時間もかかり、家族に遭難したと思われましたが。

それから2年過ぎて、城郭研究の先駆者の皆さまのHPやブログを見た時に県外から時間をかけて上田に来られる方のなんと多い事!にビックリです。地元代表として頑張らないと・・・(汗)

太郎山城塞群のネットワーク完結まであとは「ケムリの城」「物見砦」「燕城」を残すのみ。年内で投了か???

持越075

【持越城】

小県郡史には掲載がないので地元塩尻村に残る伝承と思われる。

国道18号線沿いの塩尻小学校脇を北に向かい、行き止まりの場所に座摩神社登り口があります

持越城 002

≪座摩神社≫ (ざますりじんじゃ)

ここから更に90分ほど登ると兎峰平があり、養蚕の守護を願って峰に立てられた祠(717年)を参拝し易く此の地に移したのが始まりと云われ、1812年に京都吉田家より社号免許の許しを受け社殿を建設したそうです。
祭神は食物養蚕。※上田地方の代表的な産業は養蚕でした。

持越城 006

この神社の左手奥から鉄塔23を目指して登ります。ここから虚空蔵山城への登山路もあるのですが、玄人好みの道らしく挑戦者は少ないという。

持越城 008

鉄塔から整備された登山道を歩く事10分。堀切があってもよさそうな斜面に遭遇。

持越城 023

尾根の左右石積みがあるのでこのあたりが城域と思われるのですが、土塁も堀切も無い。

持越城 012
↑本郭脇の石積み

この城は、他の城が尾根伝いに連郭を配置しているのに対して東側の斜面に2つの広い郭を設置している。
作りも戦闘を意識したものではなく、物資などの補給資材を保存する目的だったと思われる。

持越城 019
↑かなりの広さを持つ二の郭。この下に三の郭があり、同じような広さを持つ。

この峰の北に虚空蔵山城、東側は飯綱城、西側にはケムリの城、物見砦、燕城があることを考えると、兵站補給の基地という諸先輩方の意見も妥当であろう。

持越城 011
↑二の郭と三の郭の境。土塁ではなく恐らく郭は全て補強のための石積みで囲われていたと思われる。

夏の攻城戦はアブとコバエとの戦い。
デジカメのレンズにも張り付く猛攻には耐えかねて調査もそこそこに退散。大軍のコバエ恐るべし(笑)

持越城 024
↑あそこの城にはいつ辿り着けるのか・・・

場所:上田市秋和(標高680m 比高220m)
攻城日:2010年8月29日
お勧め度:★★☆☆☆
時間:山麓の塩尻小学校から座摩神社経由で片道40分。登山道は整備されているが傾斜はキツイ。
見どころ;郭を囲む石積み
その他:体力に自信のあるかたはそのまま虚空蔵山城へ。途中の兎峰平は景勝地。


iiduna0250101.jpg
↑飯綱山林道から見る兎峰。いつか訪れたい場所です
スポンサーサイト

Posted on 2010/08/29 Sun. 20:10 [edit]

CM: 0
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top