らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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光城(安曇野市)  

◆海野一族光氏の居城◆

夏バテと疲労困憊でブログの更新が滞っています(笑)
平にご容赦くださいませ。

スタミナ補給とばかりに「チャーハン謙信」なる食物を馳走になりました。
毘沙門天のご加護はあるのかしら・・・

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ちなみにこの店では「焼肉信玄定食」もありましたが、信州人たるもの謙信公への御恩は忘れてはいけません。

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↑光城全景

≪歴史~山頂にある古峯神社説明板より≫
小県郡海野平の豪族の滋野一族が此の地に移り住み、戦国時代の始めに海野六郎幸元が築城したとされる。その後海野幸元は地名を取り「光之幸元」と名乗ったと云われる。
この海野氏一族は、この地方の会田、塔ノ原、苅谷原、田沢に城を築き互いに烽火を使って連絡を取り合い栄えたという。
やがて戦国時代の末頃、川中島の合戦が近づくや、武田信玄の先鋒によって天文22年(1553年)3月、苅谷原などと共に光城も攻め落とされて武田方に従ったという事である。

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↑本郭手前の腰郭を遮断する竪堀の一部。恐らく数本走る竪掘は小笠原氏が改修した時のものと思われる

確か塔ノ原城と光城は戦わずして自落したはずでしたが・・まぁ、いいか。

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↑本郭を囲む土塁

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本郭。この看板に書かれた安曇野市の説明と縄張り図は分かり易い

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↑二の郭と本郭の堀切

市民のトレッキングの山なので、山麓から訪れる方の何と多い事。

山頂からは、北アルプスを望めます

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↑手前は犀川。雲海の向こうにアルプスの山並。

ここから塔ノ原城は峰を挟んで東側ですが、隠れ城なので目立たない場所にあります。

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↑塔ノ原城方面

光氏のその後の行方は不明なようです。海野一族だった塔ノ原氏は武田氏の滅亡後、小笠原氏に出仕しますが謀反の疑いを掛けられ松本城で謀殺されます。

此の地で栄華を誇った海野氏は戦国の世に家名を残す事無く散る運命だったのでしょうか。
光一族という名前は、信州には不思議な響きに感じます。

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↑城跡へは車で登れます。

≪光城≫ (仁場城)
場所:安曇野市豊科田沢 光城山
攻城日:2010年9月12日
お勧め度:★★★☆☆
時間:ふもとから林道を車で10分程度。駐車城あり。
見どころ;土塁、堀切、竪堀、頂上からの絶景
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Posted on 2010/09/23 Thu. 22:09 [edit]

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