らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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伊勢崎城(上田市)  

◆上田合戦における伝承の残る砦◆

上信越道の東部湯の丸インターから上田インターへ向かう途中で、「ローマン橋」なる高架橋を渡る時に正面に立ちはだかる山があります。

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この山が伊勢崎城ですが、城というよりは砦程度の作り。

上田から真田町方面に向かう神川(かんがわ)流域の虚空蔵山の要衝にあり、背後には砥石城塞群、矢沢城を見渡せます。

小県郡誌には記載がありませんが、真田氏が築城した砦としての言伝えが残るようです。

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虚空蔵山への通常ルートは
①富士見台団地から北幼稚園に向い尾根沿いに畑を進む。(所要時間5分)
②ローマン橋の高架下からハイキングコースを登る(所要時間15分)

せっかくの地元ですから、天の邪鬼の如く誰も登らない南斜面の墓地コースにトライ(笑)

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崩落防止のコンクリート防護壁を忍者のように掻き分けるとほどなく城域へ。

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↑せっかくの攻城戦、盛り上げないとネ!

雑木林を進むと後世の作りと思われる石垣。この場所は宇賀神社跡なので、恐らくその時のものかもしれない。

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単曲郭(中央部も土塁らしき盛土があるので石垣部分と分けると二つの郭で構成されている?)の城域は、砦ぐらいの広さしかない。

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↑本郭と思われる跡に残る宇賀神社跡を示す石碑

天正十三年(1585年)第一次神川合戦。真田昌幸の長男の信幸は砥石城に入り、次男信繁(幸村)は伊勢崎砦に精鋭を引き連れ、上田城と砥石城、叔父の守る矢沢城の繋ぎとして重要な役目を果たしたのかもしれない。

染谷台に陣を構えた徳川軍の監視には絶好のロケーション。

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慶長五年(1600年)、第二次上田合戦の折りには信幸に砥石城を明け渡し、信繁は再びこの砦で兄の苦悩を思っていたのかもしれない。

遺構としては物足りない伊勢崎砦も、真田家の数奇な運命を思いながら巡ると案外「いとをかし」ですネ。

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≪伊勢崎城≫ 別名:伊勢崎砦 虚空蔵城

場所:上田市上野上野原
標高673m 比高100m
攻城日:2010年7月11日
時間:北幼稚園から歩いて5分程度。見晴らしは良くない。
お勧め度:★★☆☆☆
見どころ:土塁、尾根筋からの見晴らし。
その他:砥石城、矢沢城とセットでお勧め。

Posted on 2010/10/28 Thu. 22:10 [edit]

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