らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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水の手城(上田市)  

◆水の手というよりは山の魔の手という恐怖◆

ネットで検索しても、この城の攻城に成功したのは飛騨の山猿大王殿だけ。彼の攻城戦記を真面目に読んでからチャレンジすれば良かったと思ったのだが、
「後の後悔先立たず(笑)」

宮坂武男先生の「図解山城探訪 上田小県資料編」を書き写してからどうしても攻城したい城の一つだったので、マツタケのシーズンも終わり念願叶って戦闘開始。

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↑必死で書き写した水の手城の断面図。この大学ノートはらんまるのバイブルで国宝になるかもしれない(笑)

西栗山沢の林道入口から尾根伝いで攻め上がる決心をして、浄水場脇に車を捨てて攻城開始。

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もちろん、登山道などあるはずも無く斜度45度以上の急な雑木林を這うように進みます。

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↑A地区の10×8の尾根平坦地。

ここまで辿り着くのに40分。小さな四つの郭を経て15×4の平地へ。

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↑加工度の低い郭郡。

平地の先は堀切で加工し岩壁が行く手を阻む。

好奇心で岩壁によじ登る。これが恐怖心を植え付けるに充分で、先端、両脇ともに恐ろしい高さと深さ。
足が竦んでしまい、うずくまるしかなかった。

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岩の先は切り立つ崖。畳半分も無い。後にも先にも高所恐怖症で気が遠くなる。

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這いつくばって撮影した鳥屋城方面。

何とか岩から降りたものの、宮坂先生のおっしゃるB地区がさらに気が遠くなるほどの距離であり、北面を迂回するのも躊躇する。

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↑引き返す勇気を決断出来ず、あの場所に立つ事を次の目標にしてしまう愚かさ。

ここまで来たのだから、行ける所まで行ってみよう。

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ようやくB地区に入ったのだが、強風に煽られて堡塁①で更に恐怖心が募る。

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堡塁①。既にCとDを攻城する気力は無いに等しい。

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↑よせばいいのに、堡塁①からA地区で金縛りになった岩壁を見る。

B地区の広大な鞍部には、東の沢にかけて腰廓がある。水の手もあるらしいが、山の魔の手がこれ以上の進軍は許可してくれなかった。

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↑もう帰れ、という声が聞こえた鞍部。返りの体力にも自信が無かったのは事実。

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遥か先に平井寺トンネルの入口が見える。あの場所に帰れるのだろうか。

C地区の入口の郭には、石積みがあったらしいが、崩れていた。

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「引き返す勇気」

主郭のC地区、最終のD地区を目の前にしながら戻る事は辛い。

でも、ここで無理をしたら名も無き山で遭難という最悪のシナリオになる。素人の単独登山はリスクが高い。

この城跡は、本能的に恐いと思った。人を寄せ付けない城というのは体験としても数えるほどしかない。

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↑山麓にある広大な平坦地。屋敷があったとしても不思議ではない。

≪水の手城≫

築城年代、築城者ともに記載無し。
場所からすると、地場の豪族が平井寺峠、鳥屋峠、西内方面に備えて築城したものと思われる。

今回攻略出来なかったC地区,D地区の詳細は、飛騨の山猿大王殿が書いています。
皆さん、命懸けの取材という事で・・(爆)

飛騨の山猿大王殿の仰せの通り、富士嶽山から攻略するのもアリと思うが、その山に至るもの大変な難儀。(富士嶽登山の実体験談)

場所:上田市東内和子
標高910m 比高約300m
攻城日:2010年11月28日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:段郭、天然の堀切、石積み、岩壁からの展望。
時間:主郭まで1時間はかかると思われる。登山道など無く山の稜線か西栗山沢の林道を詰める。コンパスは必携
その他:皮手袋で装備すべし。下りの体力も考慮しないと生還は期待出来ない。

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Posted on 2010/11/29 Mon. 23:25 [edit]

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