らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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和田之城(長野市)  

◆牧之島城の出城◆

地図を見ると今さらながら「城山」と記載された山の何と多い事!

今回ご紹介する城に至っては地図上の地名が「和田之城」(自治会名では城平)

小松尾城牧之島城との中間地点にあります。

和田之城0101

長野郷土研究機関誌の「長野 第97号 山城・館特集」の桐山繁雄氏によれば、

この城は香坂氏時代からのもので、所の人は「のろし台」と呼んでいる。松本の小笠原氏に対するもので物見の為の出城であると考えられる。後の武田氏時代にはやはり牧野島城の出城であり、甲斐本国との連絡の砦の城であった。城の西下に涌水の池跡があるし、城平部落とは100mの近接でるので、ある時には城兵が居館していたのであろう。

和田之城0102
↑廃車が放置してある三の郭。ってか、こういう場所に捨てるなよナー(画面端の異物)

和田之城0104
段差を登りそれなりの広さの二の郭。手を加えられた跡があまり感じられない。

桐山氏の記事によれば、この城へ入る東南からの尾根続きには、一の木戸・埋橋、二の木戸等と呼ぶ砦跡があり、城平部落の尾根の突端には打ち首の跡と云われる場所があるという。

和田之城0110
毎年5月5日に観桜会が開かれるという本郭だが、現在は観藪ススキノ会状態(笑)

本郭から頂上に登ると、物見台、烽火台としての機能の本領発揮です。

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↑大岡村の小松尾城方面

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↑牧之島城方面

城郭としては急峻な山にあるので、攻めるにしても守るにしても捨て置かれたのは仕方無いのかもしれません。

通信基地として機能したのでしょう。

和田之城0116
和田之城全景

場所:長野市信州新町弘崎和田之城 
行き方:国道19号線から和田方面へ。乗用車一台が通れる道を城平へ登る。(対向車が来ると厳しい)
標高694.4m 比高231m(入り口からは50m程度)
攻城日:2010年10月31日
時間:入口から5分程度で城域と頂上へ
お勧め度:★☆☆☆☆
見どころ:頂上よりの眺めは最高。遺構は南北朝の様式でそれなりとも。
参考サイト:城と古戦場

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Posted on 2010/11/11 Thu. 09:00 [edit]

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