らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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矢立城(東御市)  

◆祢津下の城の見張り砦か?◆

この城へのトライは2度目。

昨年の夏に攻城を試みるが、登り口にあるヴィラデストワイナリーの観光客と間違われてしまい店舗見学(笑)
葡萄畑に侵入すれば不審者と間違われそうだったので断念。
小心者はこれだから困る(爆)

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ワイナリーの建物の南側の尾根が城域への入口。冬季期間は閉館中なので畑の脇を抜けて攻城開始。

このところの冷え込みで連日最低気温はマイナス10度近く。日中も2度~4度なので雪も融けない。

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↑最初の竪堀(?)南側斜面の途中で途切れている

尾根筋を歩くと通路なのか竪堀か判別の出来ない遺構がある。

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↑二番目の竪堀(?)北側の斜面。

3番目の堀は尾根を貫通しているので、ここからが城の遺構だと思われる。

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↑尾根を貫通しているが土砂が流入して浅くなってきている

正直なところ、出城程度だろうと予測し遺構などあまり期待していなかったが、二重堀切には驚いた。

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主郭背後の大堀切。岩がゴロゴロしているが、意図的に放置されたのだろうか。

主郭後方の土塁の高さは10mはある。残雪で登るのも一苦労する。

でも冬で邪魔な葉も無く、当時の姿が偲ばれるのはこの季節の攻城戦の魅力だ。(リスクも高いが・・)

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↑本郭から土塁から二重の堀切を見る。ずいぶんと荒っぽい印象だ。

本郭は東~南側にかけて土塁が築かれており、祢津下の城は目と鼻の先に見える。

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本郭は長方形でしっかりした作りだ。尾根先にあるので雑木林が無ければ展望はかなり良い。

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↑西側から見た本郭全景。30×10ぐらいの面積。

この郭の他に北側斜面と尾根の南伝いに腰廓が数ヶ所存在するが、いずれも中途半端な広さでどこまでが城域なのかも判断に迷う。

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↑二の曲輪

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↑三の曲輪

尾根の先端に向けて曲郭らしきものがあるが、大堀切にあったような岩の数々。
トラップの訓練の跡だろうか・・・(笑)

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本郭の東西の壁面には石積みらしきものがあるが、当時のものか自然のものかは識別不能。

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西側斜面の石積み

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東側斜面の石積み。大堀切の岩場の上に祠があったので、恐らく近代の造作物であろう。

築城年代や城主は小県郡誌にも記録が無く定かではないが、位置関係や構造から推測すると祢津城の支城か付近の住民の逃げ込み城だったのであろう。

真田氏や村上氏の築城形式に似ているが、利用価値が低く短期間の利用ののちに廃城になったと思われる。

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矢立城全景。

山城なのだが、立地は台地の東側の崖の一部にある砦で東側の姫子沢からは比高差の深い斜面。西側は高地集落に近いので比高差が無く付近の住民が逃げ込むには容易だ。

≪矢立城≫

築城年代:不明
築城・居城者:祢津氏?
場所:東御市和字城山 ヴィラデストワイナリーから徒歩10分 標高840m 比高137m(姫子沢集落から)
攻城日:2011年1月22日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:土塁、大堀切、郭群、城址からの眺め

Posted on 2011/01/22 Sat. 21:46 [edit]

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