らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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五加山城(上田市)  

◆レアな山城を求めて・・?◆

山城巡りを始めた当初は、恥ずかしながら城跡に到達する事が目的になってしまい、遺構などロクに見もせずに下山してしまう事が多かった(笑)

少なくとも二度以上は訪れないとその城の趣が分からないというのは的を得ていると思います。

そう思いつつ、二度も辛い思いをしながら登ると云うのはどうかとも思う・・・(爆)

なので、最近は一度で脳裏に焼き付けるようにしたい。

そのうち宮坂先生のように巻尺持参で調査隊になっていく自分の姿を想像出来るのもヤバイ(笑)

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↑砂原峠から見る五加山城

≪五加山城≫(海部野城) ~小県郡誌より~

海部野城(あまべのじょう)は富士山村砂原山の字五加山にあり。普通は五加山城と呼ぶ。本郭東西三十間、南北十七間、今芝地となる。戦国の世宮澤眞人時胤拠るという。

ネットでこの城跡を検索しても名前の掲載あっても訪問した記録の掲載は皆無。宮坂武男先生の山城探訪記を参考に一番槍と行きますか!

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砂原峠にあるゴルフ練習場の裏山が城域になる。駐車場脇から攻城開始となるが、打ちっぱなしの標的になる恐れがあるので、隠密の如く尾根を進むが道が無い上に藪と棘と枯れ木が行く手を阻む。

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進む事10分ぐらいで出城と思われるピークに出る。「カーン、カーン」というショットの音がこだましている。

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↑出城から尾根伝いに本郭らしき場所が見える

人さまの縄張り図の転用ばかりでは気が引けるので今回から自作で描いてみた。下手すぎる!!御勘弁を(笑)

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尾根からの斜面に段差を付けているが、加工度は低い。本郭は意外と大きいので驚く。

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ヘタレ図Ⅰの本郭

本郭の北尾根(富士山集落方面)には三段に構えた腰曲輪が確認出来る。

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西側には尾根を利用したヘタレ図Ⅱの郭があるが、長さから見ると郭というより地元誌の伝承に記載されている通り旗塚だったのであろう。

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↑直線で50mはあると思われる郭Ⅱ

IとⅡの斜面には二本の竪掘りの跡が残る。あまり深さは無かったのかもしれない。

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↑写真で撮っても良く分らない

この城跡の山頂からは南西側に砂原峠を眼下に抑えて奈良尾集落や塩田方面の動きが監視出来る。

また、北側は富士山集落から上田市街地を見渡せるので見張りの城としての立地は良好だ。

城の構造から推察すると、全体的に加工度が低く南北朝から室町中期で放棄された可能性が高い。

※この城の近くで峠を下った場所に木曽義仲挙兵と伝えられる場所があるので、義仲に加わった豪族の城なのかもしれない。

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↑北側の富士山集落から見る五加山城。

≪五加山城≫ (海部野城)

標高682m 比高差72m
築城年代:不明
築城・居城者:宮澤眞人時胤
場所:上田市富士山砂原
攻城日:2011年1月29日
お勧め度:★★☆☆☆
見どころ:郭、堀切、腰曲輪、城址からの眺め
その他:富士山集落側からのルートが大手筋で正攻法だと思われる

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Posted on 2011/01/29 Sat. 20:29 [edit]

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