らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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燕城(上田市)  

◆持越城と対を為す虚空蔵山城の砦◆

久々に天気の良い週末でしたが、休日は今日だけ。

友人に会いに行くついでに二ツ柳城(篠ノ井)、そして午後は燕城の攻城戦へ。

≪燕城≫~小県郡史より~

燕城は塩尻村下塩尻区字原にある山城なり。本郭は東西三十間、南北三十間。里傳に塩尻五郎左衛門の守る所なりという。

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↑登城口を探して北国街道を彷徨う

宮坂先生の山城探訪記によれば、西上田駅の正面から取り着き桑畑跡の平坦地から東へ向かうルートが登り易いとの事でしたが、天の邪鬼なので本郭直下のルートを探す(笑)

山腹に赤い鳥居を発見し、そこから強引に登る事に決定!

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写真で見ると鳥居から城跡までは近距離に見えるが、実は結構しんどかった。

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↑付近の豪商か地主が独力で建立したと思われる稲荷神社。養蚕の盛んな地域だったので付近にも多く存在する。

神社から直登を覚悟するが、何と登山道らしきものがある。明治時代には桑畑がかなり中腹まであったので名残りかもしれない。

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東側の尾根の先端まで続く落ち葉の散歩道?

「でも、ちょっと助かりましたぁー」(爆)

でもね、尾根の先から挑む頂上が大変。落ち葉の深い急勾配は油断すると奈落の底に落ちる危険が・・・。

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↑斜度40度の急勾配。まぁ、いつもの事ですし・・・(笑)

気がつくと段郭が配置され、ここからが城域なのが分かる。

東の尾根伝いに数段の腰曲郭が配置されている。

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最終の本郭に挑むが、傾斜がハンパ無い上に滑り易くとても危険だ。

毎度思うのだが、「人知れない山で何やってるんだろうオレ?」

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↑土留めの石積みなのか、意図した石積みなのか判断に苦しむ。

二の郭に辿り着くと、冬なのに汗で体がほてる。

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一条の堀切で断ち切られると、本郭にようやく出逢う事が出来た。

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↑本郭と二の郭を巾2mの堀切が遮断する。加工度は低い。

東側に高土塁を設けた本郭は20m×15mの敷地。見張り小屋程度の造作物があったのであろう。

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本郭の西側は村上城塞群の定石である二重堀切。

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↑西側の二重堀切から本郭方面。他の城塞と違って浅い。

尾根伝いに「ケムリの城」があるので西側の防禦は不要だったのかもしれない。

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城跡から小泉上の城方面

虚空蔵山城~高ツヤ城~ケムリの城~燕城~持越城と、それぞれの機能を生かして最小限の防禦体制を短時間で機能させたと見るべきか・・・。

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↑自作縄張り図。毎度の事ながら恥ずかしい。

加工度も低く、旧態然としている城跡からすると、戦国期は捨て置かれたのであろう。

城跡に立つと、村上氏が塩田城周辺を防禦するために構築していった空しい努力が時間の浪費に思えてならない。

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≪燕城≫

標高630m 比高差210m
築城年代:室町時代~戦国初期
築城・居城者:塩尻氏、村上氏
場所:上田市上塩尻
攻城日:2011年2月20日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:石積み、堀切、土塁、曲郭
その他:駐車場はありません。付近への路駐も不可。しなの鉄道西上田駅脇に路駐。




Posted on 2011/02/20 Sun. 20:27 [edit]

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