らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0211

塩崎城(長野市)  

◆大塔合戦~川中島合戦まで重要拠点として機能した城◆

昨年後半より長野市方面への進出を繰り返していますが、長期戦の覚悟で臨む勇気がありません(笑)

信州制覇の野望に燃えた信玄公の心意気に感服しておりますが・・・。

そう云いつつ、今回は荒砥城を飛び越えて塩崎城の攻城戦でも書いてみますか。

siozaki.jpg
↑塩崎城の登り口にある長谷観音。由緒正しき十一観世音菩薩様が安置され信仰を集めたそうな。

残念ながら、まだまだ神社仏閣を徘徊する精神的な領域には至っていません(汗)

siozaki (4)
城館を思わせる佇まいの本堂。

本堂の裏山に入ると石仏群が歓迎してくれます。(ちょっと不気味感はありますね)

siozaki (6)

この城は、南北朝時代の守護小笠原氏の配下だった赤沢氏による築城とされています。

siozakiimg02.jpg
↑宮坂先生の縄張り図。まさしく神だ! らんまるが描くと幼稚園児にも劣るゾ(爆)

室町幕府の三代将軍足利義光の腹心として守護職に返り咲いた小笠原長秀は、幕府の威を借り圧政を行う。
それに業を煮やした信濃の国人領主達は、応永七年(1400年)に大文字一揆をきっかけとして守護職との全面戦争に突入する。

これが世に言う「大塔合戦」である。

siozaki (9)
岩場の登り道を過ぎると城域に辿り着くが、整備状態が悪く曲郭に入れずに南側を迂回する羽目になる。

siozaki (10)
位置関係がイマイチ不明だが、本郭と二の郭南側の石積み。恐らく武田時代の改修であろう。

信濃の国人たちは、南北朝の争乱においては北条与党や南朝に与した者が多く、また尊氏と直義が兄弟喧嘩となった「観応の擾乱」では直義を擁護した勢力がほとんどで、幕府の中央政権には反発的だった。

siozaki (16)
本郭背後の高土塁。土留めの石積みか?

そういった事情もあり、室町幕府は統治に失敗した信濃を一時的に直轄領としていたが、小笠原氏を再登用する事で国人の懐柔策に出る。

siozaki (19)
本郭と二の郭を連結する北側の石積み。50m程度の長さがある。

当初は幕府への従順姿勢をみせた国人たちだったが、赴任した小笠原長秀の態度の傲慢さに耐えきれずプッツンしてしまい、「信濃の国人の意地をお見せ致します」で開戦決定。

siozaki (21)
二の郭南側の見事な石積み。後世に残したいものです。

国人勢の主将は村上満信。呼びかけに応じた国人衆は高梨氏、井上氏、島津氏、(いずれも北信濃衆)伴野氏、平賀氏、望月氏、桜井氏(佐久衆) 海野氏(小県衆)の総勢3200騎。

対する守護小笠原勢は伊那地方の国人衆で800騎。横田に陣を張るがどう考えても勝てっこ無い・・・(笑)
(兵士数に換算すると4,000vs10,000ぐらい)

siozaki (14)
四の曲郭背後の大堀切。撮影アングルが悪く何だか良く分らなくてゴメンなさい。(上巾12m近い高さ)

塩崎城での籠城戦へ作戦変更するが、退却戦で国人衆の猛攻を受け塩崎城に辿り着いたのは150騎で、残りは大塔の古要害に逃げ込み約一ヶ月籠城の末に討って出て全滅したという。
※古要害は二ツ柳城と云われるが定かではない。

siozaki (25)
南側の腰曲郭にある天水溜め跡

大塔古要害の兵が全滅すると佐久の同族大井氏の斡旋により小笠原長秀は京へ逃げ帰るが、守護職を解任される。

中央支配に対する地方分権の反乱は今の時代でも珍しく無い。

信濃の国人の反骨精神はハンパなかった。

siozaki (29)
竪掘りを施された最終の東端の曲郭。もちろん武田時代の改修だと思われる。

その後幾多の変遷を経て、村上氏に属しこの地を所有していた塩崎氏は天文十九年(1550年)に屋代氏と供に武田氏に降る。

善光寺街道を押さえる要所にある塩崎城は、武田方の重要な戦略拠点となり、大幅な改修を加えられたのであろう。

永禄七年(1564年)、川中島に陣を張った上杉輝虎(謙信)と塩崎城に軍を進めた武田信玄は60日間対峙している。(第五次川中島合戦)

siozaki (34)
↑石仏群のある丘から川中島方面

幾多の合戦を目の当たりにした息の長い城跡だけに、この先も残しておいて欲しいと思います。

siozakiimg01.jpg
↑宮坂先生の鳥瞰図。(縄張り図とは正反対の位置なので注意。下側が北になっている)

≪塩崎城≫

標高590m 比高差190m
築城年代:室町時代
築城・居城者:赤沢氏~塩崎氏~武田氏
場所:長野市篠ノ井長谷
攻城日:2010年10月17日
お勧め度:★★★☆☆
見どころ:石積み、大堀切、土塁、曲郭
その他:大塔合戦で大文字一揆軍が拠点とした赤沢城(塩崎新城)も近くにあります。

※参考文献:「信州の古城」~浅野井坦先生、村石正行先生の掲載文章より。

スポンサーサイト

Posted on 2011/02/11 Fri. 23:29 [edit]

CM: 0
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top