らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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前山城(佐久市)  

◆豪族伴野氏の根城◆

先週末の攻城戦から毎年恒例の花粉症を発症する。

仕事柄、マスクは着用出来ないので恐ろしく強力な市販の抗生物質を服用するが、副作用で目まいがする(笑)

前置きはそのぐらいにして今回の攻城戦の舞台は佐久の前山城。ブログでは記念すべき99番目の城(何で?)

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城域の西側を流れる中沢川

例の如くロクな下調べもせずに大手とは反対側の城の南側から力技で攻め上がる(笑)

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本郭へ続く道。比高60mだが傾斜はキツイ。

この城は前山城または伴野城といい、山城に属するが、佐久の豪族伴野氏の根城である。城は蓼科山の一支脈が東北に延びて佐久平に接する所の末端の山に築かれたもので、本郭・二の曲輪・郭がほとんど一直線に並んでいる。北は断崖、東と南は山の急斜面で、西の尾根続きは三条の堀切により敵への防禦を敷いている。

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↑本郭の北側の一段高い場所にある展望台。ここからの佐久平の見晴らしは最高だ。

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神社のある本郭は50m×20m(展望場所除く)で長方形。北側には七段の腰曲輪が取り巻く。

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↑後に武田により改修されたであろう本郭。結構な広さがある。

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尾根の先端(北東)へは5段の段曲輪が続く。(現在は畑になっている)

≪佐久地方の豪族伴野氏の盛衰≫

文明(応仁)年間、佐久盆地の北部を大井氏が、南部は伴野氏が前山に山城を構えて、それぞれ勢力を広げ両氏は佐久地方での抗争を続ける。文明十一年(1479年)には大井氏と合戦になり伴野氏が勝利するが、その後同族争いが起き、衰退を辿る。

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本郭の南には一段低くなっている場所があり、米倉があったとされ焼き米が発掘されたという。

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米倉より本郭を見る。高さ3mの段差がある

また、大井氏も文明十六年(1484年)に村上氏の急襲を受け大井城が落城し大井宗家が滅亡してしまう。
(岩尾、耳取、芦田、相木の一族は所領とともに残った)

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↑二の曲輪との間の堀切。高さ5m上巾10mはあろうか。

衰退した伴野氏は甲斐の武田信虎を頼り大井一族の掃討作戦を狙うが、結果として武田の佐久侵略の足掛かりを作る皮肉な結果となる。

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↑かなりの広さを誇る二の曲輪。70×15mの細長い瓢箪形。西側には土塁も残る。

次第に武田に対して頭の上がらなくなった伴野氏は、天文九年(1540年)の武田信虎の佐久侵略の際に前山城を宿城として差し出している。

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↑二の曲輪の南端は切居として浅い堀を一条通している。

武田家が信虎から晴信に代替わりしても伴野氏の苦難は終わらない。
天文十五年(1546年)、武田晴信は大井貞清の籠る内山城を攻めるが、前山城は武田軍の前進基地として使用される。

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城域の最終の尾根には二条の堀切を施して南側に備えている。

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武田流の改修と思われる

二年後、晴信が二月に上田原合戦で敗退すると村上義清は八月に佐久へ進出し内山城下に放火し、佐久衆は前山城を攻めて奪還する。

同年九月に再度佐久郡に侵攻した武田晴信は村上方となった前山城を攻め落として多くの城兵を討ち取る。

武田と村上の間に挟まれてもみくちゃとなった伴野氏・・・・

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↑西側から見ると城の構造がよくわかる。

武田の軍門に降った伴野氏は、その後武田氏に従い各地を転戦する。武田家が信長に滅ぼされ、信長が横死すると北条に与した。

天正十年(1528年)信濃の支配権を巡り、徳川と北条が天正壬午の乱に及び双方が和議となると、徳川方の依田信蕃に従う事を嫌った田口城の相木氏(依田能登守)、前山城の伴野信守は抗戦に及び激しい戦闘の末に落城。

前山城主伴野信守は討死、その子である伴野貞長は逃げ延び、天正十七年に始まった小田原征伐のどさくさに紛れて家名再興の為に北相木の白岩、木次原で依田信蕃の息子である松平康国と戦闘に及ぶが敗れてしまい、伴野貞長は討死して伴野氏は滅びたという。

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大手登り口にある説明板。攻城戦の後の帰り道で発見するが、時すでに遅し・・(笑)

かつては南佐久一帯に名声を馳せた伴野氏だが、武田氏の調略にハマってしまい佐久地方を戦禍の渦中に巻き込み、自身も滅亡するとは考え及ばなかった事であろう。

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↑東側より臨む前山城全景

≪前山城≫ (伴野城)

標高726.5m 比高60m
築城年代:室町時代~安土桃山時代
築城・居城者:伴野氏
場所:佐久市前山
攻城日:2011年3月13日
お勧め度:★★★★☆
見どころ:堀切、郭、土塁、展望台からの景色
その他:付近には宝生寺砦、虚空蔵山砦 野沢には伴野氏居館跡があり土塁に囲まれた屋敷跡は一見の価値有り。

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【編集後記】

ようやく99ヶ所の城をアップしました。次回で記念すべき100番目ですが特に締め切りも無いので思いつきになりそうですね(笑)
このペースでは1000以上掲載している他の皆さんの領域には永遠に追いつけない・・・・(爆)
どうしたものでしょうか?





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Posted on 2011/03/27 Sun. 20:00 [edit]

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