らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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清滝城(長野市 リベンジ編)  

◆比高630mに再び挑んだ南北朝の城、待望の続編?◆

連続更新が途切れました、スミマセン・・・・(汗)

何年かぶりにGWを出掛けてまして、行く先々で渋滞の嵐!嵐!嵐!(笑)

東名高速の下り厚木ICでは身動きが取れず、毎年TVで観ていた渋滞に自分が入るとは感激だった(爆)

海老名SAは入口まで3㎞以上の行列で、名物のメロンパンの購入を断念!悔しい思いをしました・・・(悔)

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前回挫折した高見岩から松代方面の諸城。今回は天が味方しました。

信玄公のように挫折してもすぐさま態勢を立て直しリベンジするのが小生であります。

時を待たず一週間前の雪辱戦に挑む。

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写真では分かりづらいが、途中三段に盛り上がった土塁が確認出来る。

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頂上まで200m手前の曲輪。天然の岩を利用している。

前回の挫折地点から東の嶺伝いに登る事約30分でようやく主郭へ。

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写真中央の段曲輪の手前は一条の堀切で仕切られている。

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主郭は15×10の楕円形。南北朝の山城特有のゲリラ戦用の陣地だったらしい。

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北西方面は土塁があり、唯一この方面から景色が見られる。

戦国期の山城とは違い、自然の要害を取り入れた単純な構造でそれほど手を入れた跡は見られない。

村上、市河の連合軍が北条残党の籠るこの城を攻めたというが、さぞかし難儀を極めたのであろう。

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本郭の背後には二重の堀切があるが、深さも無く加工度は低い。

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尾根伝いに東側を降りても何も無かった。

室町時代以降、村上氏の支流と云われる東条氏がこの地方を支配するに及び、詰めの城は尼巌城となり奥深い山にあった清滝城は廃城となったのであろう。

リベンジした割にはあまり見るべき遺構は無かったが、善光寺平を一望出来るこの場所に立つと、古(いにしえ)の武士の野望が甦るようだ。

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本郭跡から長野市方面。

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自作鳥瞰図。相変わらずの駄作で、鳥にも笑われそうだ・・・。

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山麓から見る清滝城全景。

≪清滝城≫

標高1099.5m 比高632.5m
築城年代:南北朝~
築城・居城者:不明
場所:長野市松代町東城
攻城日:2011年5月6日 
お勧め度:★★☆☆☆
所要時間:片道1時間45分
見どころ:空堀、土塁、郭など
その他:岩沢公民館の先に駐車場あり。尼巌城からも尾根伝いに縦走出来る。それなりの登山装備で望むべし。




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Posted on 2011/05/06 Fri. 20:59 [edit]

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