らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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花岡城(佐久穂町)  

◆烽火台の伝承を覆す地下避難壕を備えた謎多き城◆

南佐久郡の佐久穂町(旧佐久町と旧八千穂村が合併)には至近距離に数多くの城跡が存在する。

もともとは各集落の土豪が築いた城館だったと思われるが、武田氏の佐久侵攻と供に改修されて監視砦群や烽火台として利用されたのだろう。

花岡城も烽火台として伝承されてきたが、平成六年の発掘調査では頂上に城館の跡が確認され史実を見直せざるを得ない事になっているという。

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花岡遺跡公園となっている城跡入口(佐久穂町海瀬花岡)

発掘調査によれば、120?ほどの山頂には烽火台としての施設はおろか、烽火を上げるために火を使った事を示す焼土の痕跡も検出されなかった。代わりに礎石と柱穴が見つかり、それらから南北10m×東西6mの建物があったことが想定されたという。
遺物としても当時の生活用品が数多く出土し、長野県で初となる秤の錘(おもり)も出土した。

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頂上には公園化に伴い望楼櫓が建てられた。

比高も70mとそれほど高く無く、尾根の先端に張り出した小山の頂上が本郭で数段の腰郭と数条の堀切を備えた砦のような単純構造の城跡です。

近隣の少人数の軍勢の攻城には耐えられる構造かもしれませんが、大軍の前にはひとたまりもないでしょう。

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南側の腰廓。それなりの広さがある。

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主郭跡の祠と礎石跡。

丸子城とクリソツな望楼台に立つと、この城の位置が物見台として極めて重要だった事がわかる。

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西側の諸城

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南側には木曽義仲にゆかりのある蟻城(戦国期も重要視された)

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北側は千曲川沿いに重要な拠点を臨む。

信玄は佐久地方を制圧すると、甲州から上州攻撃への最短コースとして花岡城を通過し余地峠を越えて進軍したと思われる。

進軍の際にある程度見張りの兵を駐屯させていたと想定しても間違いではないだろう。

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東側には二条の堀切がある。武田時代の改修であろう。

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防衛上の弱点である西側には縦掘を穿ってやはり二条の堀切にしている。

この城で特筆すべきは、城の麓にある西の台地に地下式坑が発見されたことだろう。

現在六基発見され、地上から竪坑の掘られた3m下に高さ2m広さ六畳ほどの地下壕が存在している。

麓にある城館の緊急避難場所=高台にある山城と考えるのが通常なのだが、逃込み用の地下壕があるというのは前代未聞だ。

城の脆弱さを知ればこそ、地下に隠れるという発想は画期的だ。

他国の軍勢の傍若無人の振る舞いから、足弱の女子供を匿う手段であったと思われます。

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竪坑の地下遺跡が発見された中山遺跡は花岡遺跡の道路を挟んだ南側にある。(現在は耕作地)

600年近く閉ざされた地下壕ですが、まだ未発見の縦坑があるらしい。

それらが当時の生活の遺物を埋蔵してくれていると嬉しいのですが・・・・。

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≪花岡城≫ (花岡烽火台、花岡遺跡)

標高880m 比高70m
築城年代:不明
築城・居住者:花岡氏?(大井氏とも)
場所:南佐久郡佐久穂町海瀬花岡
攻城日:20011年7月16日 
お勧め度:★★★☆☆
所要時間:20分、駐車場あり。
見どころ:郭跡、堀切、頂上からの展望。
その他:周辺の諸城は近くに隣接するので、是非訪れて頂きたいものです。

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Posted on 2011/08/05 Fri. 23:37 [edit]

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