らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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砥石城(上田市)  

◆難攻不落の連郭式山城を真面目に攻めてみた◆

突然ノートPCのバックライトに寿命が来てしまい、暗黒の世界になる・・・(汗)

しかもキーボードの調子も悪かったので、仕方なしにゲーム用だった外付モニターを接続しUSB用のキーボードで延命している。

これじゃまるでデスクトップPCだ!(笑) 持ち運びも出来ないゾ!(爆)

2万円で修理するか、もう少し予算折衝して新品PCを買うか迷うところではある・・・・・・。HDの容量も限界。

kamiko (4)

全然関係ないのだが、上の写真は通りがかりの松本市で偶然見つけたひまわり畑。集団の威力は凄い!



≪砥石城≫

今さら小生が書くよりは、Net検索したほうが詳しく書かれていると思うので割愛したい。

小学校低学年時代に遠足で登り米山城で焼き米を探した記憶がある(笑)

大人になってから数回登ったが、当時は山城にそれほど興味があったわけでもなく、新田次郎先生の「武田信玄」における「砥石くずれ」の場面を見たかっただけでした。

砥石城跡 002
伊勢山集落にある陽泰寺。

ふと2年前に「真面目に攻めてみるか」と思い、正攻法の大手登城ルートで挑む。

砥石城跡 006
内小屋という言葉にドキドキします(ビョーキです)

砥石城へのルートは、南の米山城方面からが一般的で、大手道や城域東側の畑山ルートは少ないようです。

砥石城跡 007

江戸時代は松代街道となり、旧伊勢山城下を佐久間象山も松代からこの道を通って上田へ通ったという。


砥石城跡 008
根小屋から見る南方面。

平凡な攻城戦を面白くしたかっのたで、水の手方面から迂回して本城を攻めてみた・・・(おバカです)

砥石城跡 016

雑木林の至る所に腰郭を配置し、確かに攻めづらいゾ!(笑)

砥石城跡 017

本城には数段の平削地があり、居館もあったと推定されている。かなりの兵数も収容出来たであろう。

砥石城跡 018
本郭入口には石積みが残る。

本城から尾根伝いに約100mほどで桝形城(830m)に辿り着く。

砥石城の最高地点にあることから、一時期はここが本城とされた時期もあったという。

砥石城跡 033
周囲は苔むした石積みで補強される。物見だったと思われる。

ここからの眺めは、この城が村上時代は松代方面・上州街道への抑えとして重要視されていた事がわかる。

砥石城跡 030

とはいえ、真田幸隆が旧領を回復した時は村上義清も相当焦ったに違いない・・・。

しかし世に云う「砥石くずれ」で武田晴信が攻略に失敗すると、慢心した義清は論功行賞で部下の不満を買い、それを見逃さなかった幸隆の調略により翌年あっけなく砥石城は落城する。

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砥石城の切岸。巾9mの堀切と機能して見応えがある。

砥石城跡 055

砥石城跡 052

その後、真田家の家督を継いだ昌幸が不便なこの山城を捨てて小泉氏の砦のあった尼ヶ淵に城を築こうと思ったのは、自然の成り行きかもしれない。

家康に臣下を誓い、徳川軍の援助により上田城を完成させた途端に上杉景勝に寝返る離れ業!!(笑)

さすが「小信玄」と異名をとる真田昌幸。城には全く執着しないのがステキだ!

砥石城跡 061

≪砥石城≫

標高:830m(桝形城)788.6m(砥石城) 比高180m
築城年代:不明
築城・居住者:村上氏、真田氏
場所:上田市伊勢山
攻城日:2009年3月8日 
お勧め度:★★★★☆
所要時間:3ヶ所ゆっくり回って50分。
見どころ:堀切、土塁、石積み、景色
その他:松茸山なので秋は注意しましょう。


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Posted on 2011/09/04 Sun. 17:49 [edit]

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