らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

1031

小屋城(生坂村)  

◆有事の際の詰所程度に過ぎなかった小城◆

このところ毎週のように筑北村と生坂村を訪れている。

そのうち名誉村民の称号が貰えそうだ・・・(笑)

四時間に及ぶ日岐大城攻城戦を終えて、心残りだったのが「こや城(小屋城)」の訪問。

疲労困憊で京ヶ倉登山口に戻り、それでも・・・と立て看板の案内図を見る。

hikioojyo (104)

駐車場の右側か?

良く見ると、駐車場の立て看板の添え木に文字がある。

「丸山丹波守の山城・・・・・??!!」

「おのれ、謀ったか!」 このことである。

kouajyou (7)

こや城跡の標柱に、トレッキング案内図の看板を被せていたのである。

既に戦闘能力を失った両足に鞭を入れ、気力だけで登り始める。

kouajyou (18)
石灯篭二基のある場所が城への大手道らしい。

途中で道が無くなり、藪漕ぎ状態となる。痙攣を起こしつつある足は限界を越えている。

kouajyou (10)
本郭脇の切岸。ヤバいものが写っているが、お分かりだろうか・・(汗)

kouajyou (12)
15×20程度の本郭。東に二段の腰廓を持つが、藪に覆われて全容が不明だ。

kouajyou (13)
既に読む人も絶えたと思われる藪の中の説明板(笑)

二条の堀切?こんな小城に??

藪漕ぎで本郭の西へ向かうと、見事な大堀切があった。

高さ10m、上巾20mはあると思われる。

kouajyou (15)
犀川まで掘り下げているという一条目の堀切。本当だろうか?

普段なら堀底に下りて確認するのだが、もはや下りる気力も体力も失せていた。

比高差があまり無く、単郭に堀切を穿っただけの防禦施設では攻城軍に対して30分と持たないだろう。

有事の際の指揮所程度であり、万が一の際は京ヶ倉経由で大城に逃げ込むつもりだったのかもしれない。

kouajyou (17)
腰郭からは日岐城が目と鼻の先に見える。

偶然の発見だったのだが、駐車場の窪地を挟んだ京ヶ倉の登山口の脇に郭があった。(最初はこの場所が小屋城だと思った)

hikioojyo (2)
この位置から小屋城を占拠した敵に反撃を加える事も可能だ。

hikioojyo (3)
謎の隠し郭に立つ祠。

「小笠原軍来襲!」の知らせに一度は逃げた丸山盛直だったが、その後戻ってゲリラ戦で小笠原軍を翻弄したという。

見るべきところも無い城、と云ってしまえばそれまでだが、仁科一族の武骨さの舞台となった場所と考えるとそれなりに楽しめると思うのは小生だけだろうか・・・。

≪小屋城≫ (こやじょう)

標高:670.0m 比高70.0m(万平より)
築城年代:不明
築城・居住者:日岐丸山氏
場所:東筑摩郡生坂村上生坂
攻城日:2011年10月29日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:京ヶ倉登山口の駐車場の脇を右へ登り10分。
見どころ:郭、大堀切、本郭周辺の石積み(崩落している)






スポンサーサイト

Posted on 2011/10/31 Mon. 22:24 [edit]

CM: 6
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top