らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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宇留賀城(生坂村)  

◆場所の特定に二週間を要した埋もれた古城◆

先週、日岐大城を攻城した後で場所を特定しようと付近を徘徊し、農作業をしていた地元の方にも尋ねるが、

「生まれも育ちも宇留賀だが、大城は知ってるけど宇留賀城は知らないなあー。そういえば最近も誰かに城跡を聞かれたが、ゴメンなあー。」

口伝も廃れつつあると実感し淋しい限りだ・・・(汗)

仕方がないので昨日生坂村の教育委員会に直電して番地を告げて場所を確認する。

「その番地なら、生坂村の宇留賀就労センターの裏山だと思います。確かまだ道はあったと思いますよ。大町市営バス停の宇留賀の上あたりです」

さすがは教育委員会。事前に番地を調べた小生もさすがだ・・・(笑)

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宇留賀のバス停。

ここからテキト―に山手を進めばありそうな予感だったが、見つからず近所のオジサンに就労センターの場所を尋ねる。

「ここから東へ50mほど行ったところにあるよ」

なんと西側を探索していたのである(爆) この年になっても人の話はチャンと聞けないので恥ずかしい(笑)

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就労支援センター宇留賀分室。

んーん、付近に登り口が無いので、畑作業をしていたご老人に

「このあたりに城跡の登り口はあるんですか?」とヒアリングする。

「あー、俺の家の脇から登ると石段の舗装に出るから、それをどんどん登っていくと城跡に着くよ」

事前の調査では道路脇から10分程度と記載されていたが、違ったのだろうか???

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とうとう配水池まで登る。

更に林道を限界まで登ると廃屋と土蔵の朽ちた怪しい場所に出るが、城跡とは程遠い。

付近を探索するも朽ちた墓所ばかりで遺構すら見当たらない。

「やはり特定出来ずに終わるのか・・・・・」

登って来た沢を改めて見ると、「あれって、堀切だよねぇー」

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堀切らしき場所は墓所だったのだが・・・・

ダメもとで調べて見るか・・このことである。

竹の生い茂る斜面を強引に直登してみた。

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上から読んでも下から読んでも「たけやぶやけた」(笑)

宇留賀城址は、まさにここだったのである。

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本郭跡に建つ神社。

おお、ここが本郭だ。

墓場荒らしのようでバツが悪かったが、小ぶりな立派な城である。

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強行突破しなくても朽ち果てた石段を登れば良いのだ(笑)

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ちゃんと説明板も存在している。この次読むのは貴方かもしれない。

信府統記によれば「宇留賀山古城地 宇留賀村より西ノ方一町十五間、本城ノ平 南北八間、東西六十間、城主宇留賀小次郎」とある。

宇留賀氏は仁科一族で200年にわたりこの地を支配し、川中島の合戦で敗れて帰り、井口氏と改姓したという伝説があり、この山の所有者井口さんはその末裔であるという。

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二の郭

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二の郭背後の大堀切は中央を盛土して二重にしている。

一段下がった平地は「こや」と呼ばれ、居館があったとされる。

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塹壕のような城跡への通路は、実は堀切の延長だったと知る。

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埋もれた古城への通路。

完全に私有地の中にある城跡なので、入口の看板も遠慮したのであろう。

今思えば、道を尋ねたご老人が井口氏だったのだ。家の横を通る許可を頂いていたので安心する。

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城跡への入口。右が井口氏の住居。

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小生の崇拝する宮坂武男先生は「城跡は小規模ながら、良く旧態を残していて、国人土豪館の要害城として貴重な遺構である」と記している。

過疎化の進む宇留賀集落だが、後世に残して欲しい城跡の一つです。

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宇留賀城遠景

≪宇留賀城≫ (うるがじょう) または古谷城

標高:530.0m 比高40.0m
築城年代:不明
築城・居住者:宇留賀氏
場所:東筑摩郡生坂村東広津宇留賀16285
攻城日:2011年11月5日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:宇留賀バス停より徒歩10分
見どころ:郭、大堀切、本郭周辺の石積み(崩落している)
その他:完全に私有地なので声をかけてから訪問しましょう。また墓地なので荒らさないように注意。

宇留賀IMG
宮坂武男氏による鳥瞰図。

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Posted on 2011/11/06 Sun. 10:51 [edit]

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