らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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赤木南城(松本市)  

◆五千石街道を守る要衝の砦◆

一昨日は朝から雪模様だったが、昨日は冷たい横なぐりの雨が降りしきる信州。

松本市の中央図書館に本を返却しなければならず青木峠を越えるのだが、この天候で麻績周辺の攻城は諦めた。

しかし雨の日でも攻めなければ信州統一戦は夢のまた夢となる(笑)

で、今回ご紹介するのは「赤木南城」雨中攻城戦。

赤木南城
セイコーエプソンの事業所の駐車場脇にある城跡。

赤木山の南東の峰を利用した城は、丸馬出しこそ無いが、大岡村にある砦山城と良く似ている。

松本市と塩尻市の境に位置し、奈良井川方面と接する五千石街道方面を監視するには絶好のロケーションだ。

図解 山城探訪第五集 松塩筑資料編 016
正確無比を誇る宮坂武男氏の縄張り図

赤木南城 (6)
23×42の広い本郭。

この城が文献に登場するのは天正年間で、信府統記にも長野県市町村記にも記載が無く、松本市史により存在が明らかとなる。

赤木南城 (9)
南側には巾5mの腰曲輪を備える。

「天正のはじめに古川伝八郎が守っていたと伝えられる。天正十三年(1585)に井伊直政が塩尻峠にきて貞慶の動向を伺ったときに 貞慶が陣を赤木山の砦に張ったという」

立地は府中の東で諏訪に通じる要衝にあるので、以前より物見などの施設があり、武田統治時代にも使われていたのであろう。小笠原貞慶が深志に復帰した際、防衛の砦として使用したのではないか、と宮坂武男氏は解説している。

赤木南城 (15)
主郭西側には二の曲輪があるが、道路造成時に削られてしまったようだ。

赤木南城 (14)
二の曲輪から西の斜面に竪掘りの跡が確認出来る。

麓からの比高も90m程度で、さほど高くはないがロケーションは良い。
小隊を駐屯させる為に小笠原貞慶が改修したと見て良いだろう。

赤木南城 (19)
主郭の南東に続く三の曲輪へは上巾15mの堀切。かなり埋まっている。

赤木南城 (20)
主郭から見た三の曲輪。巾は8m。

赤木南城 (21)
三の曲輪と尾根を断ち切る堀切。この先に遺構らしきものは無い。

現在駐車場になっている場所にも空堀があったと推定されるが、造成に伴い埋め立てられてしまったようだ。

赤木南城 (22)

この城から北1kmに赤木北城、南2kmに北熊井城がある。
特に熊井城との関連が深かったのではないかと推察される城には違いない。

赤木南城 (3)
赤木南城遠景。

≪赤木南城≫ (あかぎみなみじょう 赤木山の砦) 

標高:693.0m 比高35.0m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:松本市寿小赤
攻城日:2011年12月3日 
見どころ:堀切跡、曲輪など
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:5分
注意:セイコーエプソンの私有地なので平日は避けるべし
参考文献:「図解山城探訪 第五集 松塩筑史料編 宮坂武男著」

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Posted on 2011/12/04 Sun. 09:53 [edit]

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