らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0128

峯小屋城(上田市)  

◆最近人気の独鈷山(とっこさん)もやはり逃込み城だったのだ◆

峯小屋城(みねのこやじょう)と書くと、「はて?上田小県で未発見の城かしら?」と思われると思う。

実は、上田市と旧丸子町の全長6kmに及ぶ鋸状の独鈷山系の主峰の独鈷山(1,266m)の山頂が城跡なのである。

残念ながら、先週末にも滑落事故があり一人お亡くなりになった。

この山、最近のトレッキングブームを反映して通年賑わうのだが、岩山ゆえに夏でも滑落事故が多発している。
比高700m~800mなので、登山に匹敵する慎重さが必要なのだ。

minekoya01.jpg

以下、信濃毎日新聞社の信州山岳ガイドの独鈷山の説明文より引用。

やや難読か「とっこさん」ないし「どっこさん」という。独鈷とは仏具のひとつで、仏敵を滅ぼす武器にも使われるといい、山容が鋭く切れこんで独鈷に似ているからという命名説と、弘法大師がこの山に独鈷を埋めたからという説もある。
 別名〝信州の妙義山〟とも呼ばれ、命名説のように谷は深く切れこみ、奇岩や垂直な岩壁をそばだててなるほど妙義山にも似ている。したがって、独鈷山というピークはあるものの、この山を単体の山としてとらえるのではなく、北の上田市塩田と南の旧丸子町(現上田市丸子)の境を東西に約6キロにわたって主尾根を伸ばす独鈷山系といったほうがふさわしい。

minekoya02.jpg

塩田平の南側に聳える独鈷山系の支脈には、塩田城がある。

市民の山として知られる太郎山はガキの頃から死ぬほど登ったが(どんだけー…笑)、独鈷山は5年前に宮沢集落から一度登っただけで、その険しさから「もういいや」と思い写真すらない・・・(爆)

当時は城跡という認識など無く、「そこに山があるし、上田市民で登らないのは耐えられない」…このことである(笑)

城跡といっても、頂上手前に多少広めの郭(20×22)があり、頂上は18×5の郭でとても狭い。

登った時もかなり大勢のトレッキング客で賑わっており、順番待ち状態だったのを覚えている(汗)

独鈷山~2
昨年会社の後輩が登ったらしいので、頂上からの写真を借りてみた。

「おお、この景色だ。」

塩田平から北に立ち憚る太郎山山系までの上田盆地を一望出来る。

≪城歴≫

小県郡志によれば、丸子西内村では「殿城山」、塩田前山村では「古城跡(沢山城)」などの記載があり、この山を指したもだという。
鎌倉時代の二代目執権北条泰時を排すのに失敗した安然坊なる僧がこの城に籠ったというが、敗死したらしい。

恐らく住人の逃込み城だったと思われる。

前山集落側の麓には寺屋敷という地名があるが、塩田城の北条氏に関連したものかもしれない。


sioda01.jpg
塩田城全景。鎌倉時代から戦国期にかけてのこの地方唯一の巨大城塞である。

塩田城については、キチンと踏破して調査しいずれ掲載したいと思う…(笑)


≪峯小屋城≫ (みねのこやじょう)

標高:1266.0m 比高700m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:上田市前山 独鈷山山頂
攻城日:2007年頃 
お勧め度:★★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:90分
見どころ:二つの郭(?)と山頂からの景色
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」

スポンサーサイト

Posted on 2012/01/28 Sat. 10:49 [edit]

CM: 4
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top