らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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狐落城その②(埴科郡坂城町)  

◆総石垣の要塞の後詰め無き戦い◆


狐落城を最初に攻めたのは2008年4月なので、かれこれ4年前だろうか。

ハイキング気分のついでに攻めたという当時は、下調べもせずロクな知識も無かったので、この城の本当の姿など知る由もなかったのだ・・・(汗)

三水城(さみずじょう)が詰の城などと戯けた記事を書いたのだが、今回の二度目の攻城戦では意外な真実が明かされるのである…(笑)

以前の記事⇒狐落城・三水城
登城口はこちらを参考にされると良い。

狐落城縄張図01
残念な事に、写真の縄張り図はらんまるが描いたものである。そのうち神に近づくゾ!!(爆)


十六夜観月殿から稜線伝いに登る。

狐落城② 066

550mラインにそれほど広く無いが武者溜りのような平地がある。(6×5)
人工的に平削したもので見張りの兵士がいたのかもしれない。縄張り図で描いた「3」の郭である。

ここから城域となるようだ。トラロープの助けが無ければかなり苦労を強いられる急斜面を這い上がる。

狐落城② 065

喘ぎながら登ると石段のように思える場所に辿り着くが、ここは間違いなく石垣の防禦施設なのだ。

狐落城② 067

大手口から這いつくばって攻城する敵は、間違い無く斃されるであろう。
両手が塞がった状態では、上にいる守備兵の為すがままである。

石垣をよじ登ると二の郭手前の堀切に出る。

郭の手前を一条の堀切で穿つ。このスタイルは信州の山城の特徴であり、当時のトレンドなのだ(笑)
もち、主郭の背後を複数の堀切で断ち切る事は言うまでもないが・・・。

狐落城② 014

二の郭の周囲は堅固な石垣が周回する。既に崩落しているが往時は相当なものだったはずだ。

更に西側には虎口の跡が見られる。

狐落城② 022
虎口にある石垣。

狐落城② 023
朽ち果てそうな説明板の立つ二の郭。高さ3m土塁の背後が主郭となる。

小さな砦を総石垣で要塞化した村上義清の意図とは、何だったのだろか?

山麓の村上郷は、先祖代々のゆかりの地である。

小県郡と隣接する唯一の室賀峠からの侵入者を監視し、先祖の土地を防衛する為の重要な場所だったのである。

狐落城② 029
15×10の本郭。背後の土塁には櫓などの構築物があったと思われる。

本郭の周囲も石垣が周回している。

狐落城② 034
東側の石積みの崩落も酷いが、原型は止めている。

狐落城② 038
西側に至っては崩れ去るのは時間の問題だ。何とか措置を講じて欲しいものである。

主郭の背後は見事な四本の堀切がある。

隣接する室賀郷を支配していた室賀氏は、村上氏に従属して上田原合戦にも村上方として参戦するが、怒涛の如く進軍してきた武田晴信の柔懐策と恫喝に耐えきれず室賀峠を越える武田軍の進軍を黙認する。

狐落城② 043
主郭の背後の堀切①

狐落城② 047
上巾12m、高さ7mの堀切②から堀切①を見る。

狐落城② 053
最終と思われた④の堀切(上巾8m×高さ4m)

室賀氏の武田方への内通は村上氏にとって、まさに青天の霹靂であった。

室賀峠の最高地点は、狐落城の尾根伝いにある三水城の支脈上にあり、標高も遥かに高いのだ。

尾根伝いに堀切を2本急造した跡が残る。

狐落城② 055

室賀峠の尾根筋にある三水城から降って沸いたような武田軍の猛攻に、六条の堀切など何の役にも立たない。

守将の小島兵庫介兄弟が戦死したのは三水城と推定する説もあるが脆弱すぎる縄張りであり、意外とこの砦だった可能性も否定出来ないと思われる。

千曲川の対岸にある村上居館や葛尾城からの後詰めが間に合う訳も無い。

狐落城の後詰めは室賀氏の竹把城だったのであろう。

狐落城② 064
本郭から見る坂城と虚空蔵山城、千曲川の流れ。

室賀峠を制圧され、弧落城が落ちれば村上義清は本拠地を支える事は不可能である。

その上、荒砥城の屋代氏までが武田方に内通したとなると逃げるしかない。

「捲土重来」を誓った村上義清は、上杉謙信の元へ落ち延び一度は葛尾城を奪還するが、武田軍の包囲網に耐えきれず再び越後へ去り二度と故郷に戻る事はなかった。

狐落城③ 017
北側にある小山からの全景。

昨年11月に、あおれんじゃあ師匠と山麓にある「びんぐしの里 湯さん館」という露天風呂に浸かりながら弧落城を見た。

「こりゃあー、再調査せねばならんのう…」

思いはようやく実現した。

狐落城③ 007

晩秋から初春にしか見る事の出来ない景色である。堀切や郭の様子が手に取るように分かる。

狐落城③ 008
拡大写真。

狐が落ちる城が落城すると、義清自身も転がり落ちるような人生となった。

皮肉な巡り合わせであろうか・・・・。

≪弧落城≫ (こらくじょう)

標高:665m 比高261m 
築城年代:不明
築城・居住者:村上氏
場所:埴科郡坂城町上平
攻城日:2012年2月12日 
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:35分
見どころ:堀切、石積みなど
参考文献:-

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Posted on 2012/02/17 Fri. 21:47 [edit]

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