らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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祢津支城(東御市)  

◆祢津城の東に備えた物見砦◆

このような粗末なブログにせっかくご訪問いただいた方が飽きない工夫も必要なのである。

全く関係ないのだが、らんまる艦隊の記念写真をお披露目しましょう(えっ、興味ない・・・・汗)

NEC_0051.jpg
上から三笠(1/350)、秋山真之(おまけ)、赤城、加賀、瑞鶴、神通、伊168(1/700)

残念ながら、加賀は艦載機もろとも家人のハタキ攻撃で損傷。右舷後部のマストに甚大な損傷を被る(笑)艦載機も何機かは行方不明となり懸命の捜索が続く・・・・(爆)

「ってか、ほっといてくれ!!」


さて、気を取り直して本文に入ろう。

祢津支城 (6)
祢津支城への入り口。

祢津氏は諏訪神氏の出自であり、古代においては新張牧(みはりまき)を経営し朝廷に馬を献上していたという。

中世になると祢津に居館と山城(祢津上の城・下の城)を築きこの地方の有力な土豪として領土防衛に努めた。

この見張り砦は勢力圏の東端に位置し、東側からの侵入に備えたもので、それなりの有力者が監視を行ったのであろう。

祢津支城 (11)

小諸市との堺に立地するこの砦は、三方ヶ峰南西山麓に張り出した尾根の裾の舌状台地に築かれている。

比高は高くないが、東側の小諸市方面はもとより周囲を良く見渡せる絶好のロケーションである。

祢津支城 (13)
背後を土塁でせり上げた本郭。(やはり鉄塔が刺さっている…笑)


三つの曲輪からなる単純な構造で、防御も心もとない。望楼櫓か質素な小屋のみだったと思われる。

祢津支城 (18)
堀切と土塁。

その先の尾根伝いには消えかけた堀切がもう一条あるだけで、何もない。

祢津支城 (5)
見晴らしは良いが、祢津城(下の城)は見えない。

要害性は低く、境目の物見の砦という役目だけだったと推測される。

祢津支城縄張図②


祢津支城 (7)
南側より見る祢津支城遠景。

≪祢津支城≫ (ねつしじょう 原口山 城平)

標高:785m 比高35m
築城年代:不明
築城・居住者:祢津氏
場所:東御市滋野字原口
攻城日:2012年3月20日 
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:5分
見どころ:土塁、堀切
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」


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Posted on 2012/03/27 Tue. 22:58 [edit]

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