らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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花岡城(岡谷市)  

◆諏訪の西街道を抑える要害◆

諏訪湖の西端には天竜川の起点となる釜口水門がある。その脇にある小高い丘が花岡城である。

往時は天竜川沿いの伊那地方と西諏訪を結ぶ古道である西街道の要衝の地であった。

花岡城(岡谷市) (38)

築城年代は不明であり、城主についても有賀氏、小坂氏、花岡氏とめまぐるしく変わったようで、武田晴信の諏訪侵攻時に花岡氏は武田に服従したようだが、塩尻峠の戦いで造反して追放され、その後は武田晴信の弟である武田信繁が所領し守ったというが定かではないという。

花岡城(岡谷市) (7)
主郭手前には腰郭らしき平地があるが、公園化された時に平削された可能性もあり断定出来ない。

花岡城縄張図
真面目に描けなかった縄張図(笑)

塩尻峠(勝弦峠)は目と鼻の先にあり、隣接する小笠原氏に対しての防衛最前線ということで重要視されたと思われるが、天文十七年(1548)塩尻峠の合戦以降は城蕃が置かれた程度であろうか。
縄張にもあまり手を加えた跡が見られないので、このころ廃城になったと思われる。

花岡城(岡谷市) (8)
35×20の楕円形の主郭。周囲には土塁の跡が残る。背後は大土塁で仕切っている。

堀切も主郭と西側の二の郭の間に一本あるだけで、他には見当たらない。

花岡城(岡谷市) (12)

花岡城(岡谷市) (16)
40×20の二の郭は周囲を低い土塁で囲んでいる。

二の郭の周囲も段郭らしき帯状の段差が展開するが、耕作地で開墾されたものか区別が出来ない。

稲荷社のある北西に下る尾根筋も城域だろうか。

花岡城(岡谷市) (27)
稲荷神社から本郭方面。斜面には段郭らしきものが多数あるが、整地され過ぎていて疑問だ。

稜線の終点付近には唯一竪掘の跡が確認出来る。

花岡城(岡谷市) (26)

西街道はこの城の南側を通っているので、大手筋も南だったと思われるが改変されているので特定出来ない。

背後の北側は天竜川なので、渡航して攻めるとしても急峻な崖に阻まれ相当な損害を覚悟しなければ無理だろう。

花岡城(岡谷市) (30)
城跡から臨む岡谷市街地。

小笠原長時の没落で中信濃の覇権を確立すると、この城の役目も終わったのかもしれない。

その後、武田軍の南信濃への侵攻は杖突峠経由で高遠城、福与城と進んでいった史実をみればわかる。


≪花岡城≫ (はなおかじょう 尾尻城・湖尻城・池尻城)

標高:811m 比高50m  
築城年代:不明
築城・居住者:有賀氏、小坂氏、武田氏、浜氏
場所:岡谷市湊花岡
攻城日:2012年2月26日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:10分
見どころ:郭、堀切、土塁
参考文献:「図解山城探訪 第一集 諏訪資料編 宮坂武男著」

花岡城(岡谷市) (36)
花岡城全景。







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Posted on 2012/03/02 Fri. 11:27 [edit]

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