らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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松尾城(上田市 リバイス)  

◆真田城砦群のフラッグシップ◆

十林寺にある真田本城は「松尾新城」と呼ばれるのに対して、横沢にあるこの城は「松尾古城」と呼ばれる。

縄張や構造から推察すると松尾古城は戦国末期まで現役の城として機能していたので、「新城・古城」という名称は必ずしも築城年代で判別しているとは言い難いし無理がある。

「遠見番所」と呼ばれるステルス偵察機(?)を備えたこの城は、当時の最新鋭のイージス艦なのである。

尾根を登り始めると最初に到達する社が五の郭である。自然の地形と痩せた尾根、天然の岩を利用しているが、四の郭から強力な防御態勢を目にする。

松尾城 (1)
攻城兵をなぎ倒す四の郭の城壁。弓矢と鉄砲の有効距離を計算した狭間の上部に位置している。


縦列でしか攻めることの出来ない地形なので、相当な犠牲を覚悟しなければ四の郭を落とすことは不可能である。


松尾城縄張図
縄張図で見る限りでは構造は単純に見えるが、仕掛けはてんこ盛りなのだ。


ここを凌いでも、攻城兵は三の郭手前で生死を彷徨うのである。

松尾城 (4)
奥に見えるのは三の郭入り口の城壁(石積み)。隠れる場所すら見当たらない。


松尾城 (5)
かなりの高さに積まれた三の郭を囲む石積み。


松尾城は真田幸隆の山城とされている。

しかし周辺の諸城と石積みの積み方が明らかに違っているのだ。

小生が初めてこの城を攻めた時に感じた違和感は、この異様な石積みにあるのだ。

松尾城 (6)
扇形に構える三の郭内部。

松尾城 (8)
高台を超えた場所の東北に展開する馬場跡と呼ばれる二の郭。


限りなく実践を想定した城の緊張感を感じるのだ。

再調査の時に思い出したのが以前に攻めた霜台城である。

松尾城 (10)
本郭南東の石積み。

規模は霜台城に及ばないが総石垣で本郭を囲み、尾根を深い堀切で断ち切る手法は良く似ている。

武田家の「攻め弾正」としての真田幸隆、「槍弾正」と呼ばれた保科正俊はお互い築城に関しても情報交換をしたのだろうか。

尼飾城の城蕃まで務めた真田幸隆であれば、松代周辺の諸城を見て歩いた事は想像に難くない。

松尾城 (14)
南側に設置された竪掘。かなり埋まっている。

松尾城 (17)
東側の斜面から見た本郭の石積み。沢へ向けて土塁を構築し堀切側への移動を阻止している。

松尾城 (36)
何度見ても美しい背後の大堀切。上巾15mはあろうか。

松尾城 (21)
オムスビ形の本郭。15×13と小規模ながら周囲の石積みに守られた要塞の司令塔である。


上州から生まれ故郷の真田郷に復帰した真田幸隆が異常なまでに執念を燃やして作った松尾城に込めた思いとはなんであったのだろうか?

村上方の要塞であった砥石城を奪取しても、砥石城にはこのような高度な防御施設は見当たらない。

真田昌幸が改修を加えたという説もあるが、果たしてそうであろうか・・・。

返り咲いた真田の郷を守る為の最終防衛線として、そして岩櫃へ続く上州ラインへの敵の侵入を絶対に阻止する目的で強化したと見るのはどうであろうか。

松尾城 (33)
一条に見える大堀切は途中から二条の堀切となっている。

まあ、妄想もここまで推察出来れば凄いのだが、小生が指揮官ならば籠城戦に及んで最悪撤退するにしても、遠見番所でさらに一戦交えて和熊岳経由で上州へ落ち延びて再起を誓うであろう(笑)


松尾城 (24)
よせばいいのに本郭から遠見番所を臨む(笑)

真田一族自体が謎の多い家系なので、その一族の城館はもっと謎である…(爆)

諏訪地方の山城攻城戦を記載しても反応はイマイチなのだが、真田に関する城について記載すると読者の皆さまのページレビューが異常に多くなる・・・(笑)

まさしく真田の超カッコイイ城であり、真田ブランドの偉大なフラッグシップには脱帽である。

遠見番所 (28)
角間集落側から見た松尾城と遠見番所。


≪松尾城≫ (まつおじょう 松尾古城)

標高:1033.7m 比高:211m
築城年代:不明
築城・居住者:真田氏
場所:上田市真田町横沢字日向
攻城日:2012年4月8日 
お勧め度:★★★★★(満点)
城跡までの所要時間:20分
見どころ:郭、大堀切、石積の堡塁など
その他:いざゆかん、遠見番所へ・・
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」「信州の古城」




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Posted on 2012/04/12 Thu. 20:51 [edit]

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