らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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朝倉山城(茅野市)  

◆大門街道の要衝を抑えた狼煙台◆

猫の目のように変わる春の天気。

桜前線も北上しているのだが、今年の信濃の春は梅の花、杏の花、桜の花が同時に開花するという珍しい季節になりそうだ。

花粉の戦線拡大はご遠慮申し上げているが、鼻は敏感で反応し始めている・・・ヤバイ・・・(笑)

今回ご紹介するのは山城の遺構と特徴を良く残している朝倉山城です。

朝倉山城 (2)
登り口には「いのしかネット」があるので開けて入る。(入ったらまた必ず閉めましょう)


山麓から朝倉山尾根の鞍部までの道は「勘助道」と呼ばれるつづら折りの道がある。

かの有名な山本勘助とは無縁で、道を作った人の名前らしい。

朝倉山城 (3)

途中水飲み場にいた三頭のカモシカ殿に遭遇するが、彼らは一目散に逃げてしまい写真も撮れず(悔)
シャイな奴らだ・・・。

朝倉山城 (4)
勘助道とよばれる林の中の道をゆっくり登る。

さて、いよいよ鞍部へ取りつく場所に着くと道が消えてしまっているではないか(汗)

仕方がないので斜面をテキトウに直登して稜線に這い上がる(笑)

朝倉山縄張図②
朝倉城縄張図(宮坂武男氏の縄張図を参考にしています)。縮小して表示しても雑だなあー(笑)  


稜線を南へ歩くと堀切㋐に遭遇する。ここから城域らしい。

朝倉山城 (6)


ここから段差のある四の郭までは三本の堀切で防御しているがいずれも小規模なものだ。


朝倉山城 (8)

ここから本郭へは㋓(上巾7m)と㋔(上巾8m)の二重堀切でキチンと防御されている。
なかなか見応えのある景色だ。

朝倉山城 (10)
四の郭から二重堀切。

朝倉山城 (20)
本郭から四の郭方面。本郭の手前には土塁を設けた踊り場のような小曲輪が存在する。

朝倉山城 (24)
25×20の本郭。周囲を土塁が廻っている。


この城の城歴・伝承については主郭跡に建つ地元の財産区の方に説明していただこう・・(って手抜きかい!)

朝倉山城 (23)

なるほど、この場所であれば狼煙台として文句の無いロケーションである。

南尾根の遺構を見てみよう。

朝倉山城 (28)

一見すると独立峰にあるように思えるが、三方に尾根が広がるので主郭は三ヶ所の堀切で防御されている。


朝倉山城 (31)
中央部をせり上げた細長い二の郭。


朝倉山城 (34)
二と三の郭を仕切る㋗の堀切。

朝倉山城 (35)
三の郭。


南の尾根はこれより先を三本の堀切で防御して終わっている。

防御構造や縄張から見ると武田軍の改修が行われたと見るべきであろう。


朝倉山城 (36)

この城において狼煙台があったとされるのは東に張り出した尾根先で、現在も素晴らしい展望である。

朝倉山城 (45)

朝倉山城 (52)


大門峠を越えて幾度となく出撃を繰り返した武田軍をこの砦が見守ったのであろう。

そしてこの城のふもとには桝形城、湯沢城がある。

朝倉山城 (55)

天正十八年(1590)、諏訪頼忠、頼水父子が家康に従って小田原征伐に従軍する際、朝倉山の木を伐らないように言い残して戦地へ向かったといい、その後、諏訪藩の保護もあり遺跡が良好に残っているのだという。

二重土塁、本郭周囲の高土塁、腰曲輪など山城の基本構造を観察するには良い城跡です。
さほど比高も高くなく山麓から20分もあれば登れるのもお手頃ですネ。


朝倉山城 (57)
朝倉山城遠景。


≪朝倉山城≫ (あさくらやまじょう 塩沢城)

標高:1086.7m 比高157m 
築城年代:不明
築城・居住者:塩沢氏、武田氏
場所:茅野市北山湯川
攻城日:2012年4月7日 
お勧め度:★★★★★(初心者にもお勧めです)
城跡までの所要時間:20分(城の登り口にある猪除けネットは必ず元通りに閉めて下さいネ)
見どころ:堀切群、土塁、郭など
参考文献:「図解山城探訪 第一集 諏訪資料編 宮坂武男著」

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Posted on 2012/04/14 Sat. 12:32 [edit]

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