らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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戦艦 扶桑②  

◆独特なシルエットを持つアンバランスの魅力◆

ん十年ぶりに上田城址公園に花見に出掛けた。

案の定、もの凄ーーーーーーーーい混雑で、花見というよりは「人見」である(笑)

千本桜

青空と白黒のシンプルな櫓、そして石垣のコントラスト+満開の桜は、忘れ得ぬ日本の風景なのである。


で、買ったものの手を付けるのもおっくうだった「戦艦 扶桑」

ようやく進水式と相成りまいた(汗)

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メインマスト、煙突、後部艦橋

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副主砲16門を取り付ける。

なんせお酒飲みながら毎晩チビチビと製作していたので、途中の過程は全く覚えていない‥‥
(ってか飲み過ぎでしょ!)

どうやらアルコールと塗料シンナー漬けの日々だったようだ・・・・(爆)


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【扶桑について】

扶桑は大正六年11月呉工廠で完成された。従来日本の戦艦には、国の名がつけられることになっているが、日本の別名が付けられた。完成時には世界最大、最強、そして史上初めて基準排水量で30,000トンを超えた軍艦であった。建造直後の扶桑の艦影は、煙突が二本であったがこれはすぐ改造されたようである。
1930年~1936年には近代化改装工事が行われ、さらに1938年~1942年は第二次改装工事が行われたが、開戦時には旧式艦であったため、太平洋戦争の大部分を、この艦は練習艦として瀬戸内海にあった。
フィリピン沖海戦には、スガリオ海峡作戦(1944年10月25日)に参加、米艦隊の集中攻撃を受け、スガリオ沖に沈んだ。
艦橋の独特なシルエットの成り立ちは、3番砲塔の上にカタパルトを設置し、航空機揚収用デリックを艦橋の後ろに設置されていた開戦前の姿で確認出来ます。

緒元(最終時)

基準排水量:34,700トン 排水量:39,154トン 全長:212.75メートル 最大幅:33.08メートル
馬力:75,000馬力 速力:24.7ノット 主砲:36×12 副砲:15×16 高角砲:12.7×8

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同型艦には「山城」があり、3番砲塔の向きが逆になっている。

バビルの塔を連想するようなアンバランスな高さ50mの艦橋は圧巻である。

美しき老朽艦を最前線の戦場に送り込まねばならないほど日本海軍は窮地に追い込まれていた。

山城も扶桑も爆沈したので、生存者はほぼゼロに近い悲劇の戦艦だったという。




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Posted on 2012/04/21 Sat. 17:09 [edit]

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