らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0521

證城 山小屋(千曲市)  

◆勘違いは新たな遺跡の発見だったのか??◆

事前の資料など何も無く「證城(しょうじょう)」目指して突撃したは良いけれど、あの場所を證城と特定して良いものか自宅へ戻り調べてみた。

どうやら地形図を読み間違えたらしく、やはり正城山の頂上893mが正解らしい。

あと比高差で100m登らなければいけなかったのだが、手前の石積みが遺構の残る場所に囚われてしまい、最終確認を怠るという失態となる(悔)

なので現在自宅謹慎中である‥‥(笑)

荒砥城2 (44)

そういえば「長野郷土史研究会機関誌 長野 第110号」で井原 今朝男氏が證城について一部触れていた記事があったのを思いだして、小生の描いた縄張図と比較すると「なんか違うなあー」(笑)

證城 (2)
間違いの発端となった総石積みの竪穴。穴の底まで石組で出来ている。

周囲には崩れた石積みが散乱し郭だったと思われる(あくまで推定です)

烽火台という先入観念があったが、どうみても防御性を高めた逃げ込みの為の小屋とも見える。

縄張図を描くと以下のようになる。

證城山小屋見取図

前出の井原氏によれば、證城の烽火台は5×23で周囲が石積みで囲われ、内部には石組があるという。

その石組がどのようなものかで、この小屋の使用条件が探れそうだが、次回のお楽しみになってしまった(笑)

證城 (3)

893m地点にある證城も、100m下のこの場所も烽火台としては申し分無い位置にある。

城域の北側には塹壕のような竪掘の跡も確認出来る。

證城 (9)

果たして未発見の遺構であろうか。

「証城 山小屋」と勝手に名付けておいたが…(爆)

狐かタヌキに騙されたとしたら悲しすぎるゾ!!(笑)

更に奥へ進み防御施設を探すが何も無く、見通しの良い尾根まで行きながら、その先にあったのが正真正銘の證城だとは夢にも思わなかったのである・・・(爆)

落胆著しく、しばらく登る気にもなれないので、真実は秋の再攻撃で解き明かすとしよう。

證城 (1)
郭の南側にも石積みが周回していたのであろう。


≪證城 山小屋≫ (しょうじょう やまごや) ※推定

標高:820m 比高:208m(荒砥小城より)
築城年代:不明
築城・居住者:山田氏、屋代氏
場所:千曲市上山田温泉若宮
攻城日:2012年5月17日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:40分(荒砥城駐車場より)
見どころ:堀切、土塁、石積み、謎の石組竪穴3基
その他:
参考文献:「長野郷土史研究会機関誌 長野 第110号」











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Posted on 2012/05/21 Mon. 00:00 [edit]

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