らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0602

荒砥城(千曲市)  

◆ネオンサインの先にある葛尾城の詰城◆

今さら荒砥城を取り上げる事には新鮮味もなく抵抗感があるのだが、リストに加えさせていただく(笑)

旧上山田村の城山地籍に立地するのだが、里伝によればこのあたりは「波閉科郷(はべしなごう)」と呼ばれ、村上顕国を祖とする山田氏代々の領地であったという。

長野縣町村誌の上山田村における城山の記載には「樹木、登路なし」とあるので、戦国時代に荒砥城が破却されてから明治時代までは険しい禿山だったと思われる。

neon.png

現在でもハリウッド張りの電光看板がある山が城山なのだが、昭和十一年(1936)に「上山田+♨」の看板が立てられ、その後幾多の変遷を経て電光化されたという。

小生の記憶では赤一色だったのだが、平成12年からはグラスファイバー製で七色に変化するという。

ガキの頃はあの赤い電飾サインを見るたびに「大人の歓楽街なんだー」と思い、見てはいけないもののように思えたものだ…(笑)


城山が劇的に変化していくのは昭和四十年代の高度成長期からだという。

jyousenyama.jpg   上山田の百年1

昭和四十年に善光寺大本願の別院として、荒砥城の四の郭の跡に城泉山観音寺が開山する。
信州を代表する温泉地に善光寺まで行けない人の為に別院を造った。

そして二年後には本郭跡、二の郭跡、三の郭跡にも観覧車や動物園、植物園が完成する。

翌年には聖高原までの道路が開通し、観光客のピークとなった昭和四十四年には五の郭跡にロープウェイ・食堂・信州観光ホテル別館・日本歴史館がオープンしたという。(観光客の最大ピークは昭和四十八年の100万人だとか)

上山田百年2
麓から頂上まで三分で到着する12人乗りのロープウェイ。平成4年2月末で廃止。乗ってみたかった・・。


昭和四十年代のレジャーブームにより観光施設てんこ盛りとなった城山だったが、

「登りつめたら 後は下るしかないと・・・・」

全国の有名温泉街が衰退を辿ったように戸倉上山田温泉も例外ではなかったようだ。

平成二年(1990)、本郭跡にあった動植物園、遊園地、観覧車が撤去され、二の郭以降の土地は町が取得し城跡公園としての整備事業がスタートする。

現在の荒砥城跡公園が完成したのはそれから五年後の平成七年の事である。

荒砥城2 (1)

まあ、城山公園の歴史はそのくらいにしておきますか(笑)


荒砥城は、中世の山城の姿を現代に甦らせた訳ですが、其の再現方法には好き嫌いがあるかもしれませんネ。

でもね、小生はあれはあれでイイと思っているんです。

城=石垣+立派な建物の近世城郭という固定概念を打破するには、あれくらいやらないとダメですわ(笑)

荒砥城2 (31)
望楼櫓と粗末な掘立長屋。戦時に備える緊張感がありますねえ。


多くの観光施設の乱立でかなり改変されてしまった為、往時の縄張りはどうだったのでしょうか?

現在の本郭・二の郭は現状で、現在三の郭と表示されているのは腰郭(曲輪)。管理棟(案内所)と四の郭と表示されているのが三の郭だったように思えます。

城山公園の年表でも城泉山観音寺のある場所を「四の郭」としているし、ロープウェイ乗り場・食堂・日本歴史館の場所を「五の郭」としているので、以前の調査を基にした記載であると思われます。

荒砥城2 (39)
二の郭から見る本郭。

荒砥城2 (40)
望楼櫓から五の郭方面。


それらしく推定縄張図を描いてみた(汗)

荒砥城縄張図②

おお、往時の姿が甦るではないか!!(爆)

それでも物足りない方は現地にある鳥瞰図を見ていただこう。(神社の位置がなんか変なのだが)

荒砥城2 (21)

妄想を膨らますと楽しいものである。

ちなみに、長野縣町村誌には以下のシンプルな絵図が掲載されている。これも渋い。

荒砥城古図
三日月堀があったと記載されている。事実なら武田による改修であろうか?


荒砥城の築城時期や城主、経歴については他のHPやWEBを参照願います(笑)

今さら小生が書いても面白くないでしょう。

荒砥城2 (36)
城跡から居館方面(山田氏館跡)

きれいに積まれた平石の石積みも良いのですが、本当のところはもっと雑な石積みだったと思います。
比較対象のためか(?)、往時のままの石積みも残されています。

荒砥城2 (6)

戦国時代の興亡と、観光温泉地の興亡を見守ってきた荒砥城。

この城跡を訪れる事で、中世城郭への興味にスイッチが入る事を願ってやみません・・・・(爆)


≪荒砥城≫ (あらとじょう 砥沢城)

標高:590m 比高:190m(大正橋より)
築城年代:不明
築城・居住者:山田氏、屋代氏
場所:千曲市上山田城山
攻城日:2012年5月17日 
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:5分(車で入り口まで登れます)
見どころ:全てみましょう。
その他:小城、若宮入山城、証城と進軍すべし(笑)その道は遠く険しい…
参考文献:特に無し

IMGP0451.jpg
荒砥城遠景。



スポンサーサイト

Posted on 2012/06/02 Sat. 12:57 [edit]

CM: 8
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top