らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0609

小柴見城(長野市 安茂里)  

◆平柴の守護所はどこにあったのか?◆

ネタは尽きるし、雨は降ってるし、どうしましょう(笑)

さりとて平地の城館など記載すれば、らんまる一族の武勇の名が廃る・・・(汗)

雨の出陣は気乗りしないが、前々から気になっていた小柴見城へ「いざ出陣」

小柴見城 (1)
小柴集落から夏目ヶ原浄水場へ向かう道路の脇に右近神社への登り口があり、それが大手であろう。


旭山は善光寺と門前に近く善光寺平を一望出来る事から、善光寺平一帯の支配権を制する重要な地であった。

旭山には山頂に「旭山城(朝日山城」)、中腹には「大黒山城(朝日城)」、小柴見集落がある台地の突端に「小柴見城」の三つの山城がある。

小柴見城 (3)
段郭に建つ右近稲荷。かつては大黒山の左近稲荷とともに地元住民の参詣で賑わったという。


南北朝時代の至徳元年(1384)に斯波義種が信濃守護となり、その臣二宮氏泰を守護代とした。
この時に平柴に守護所が置かれたと云う。

至徳四年(1387)四月に村上頼国・小笠原長基(前守護)・高梨頼高らは善光寺で兵を挙げ守護所平柴を攻め、その麓の漆田で合戦があったと市河文書に出てくる。

その守護所が小柴見城だったのか大黒山城だったのかははっきりしていない。

小柴見城 (6)
途中、藪の棘は突き刺さるし道も無いし雨で滑るし散々な目に遭って、しかも撮った写真は何が何だか…(爆)

長野縣町村誌における安茂里村の項では小柴見城について以下の記載がある。

【小柴見城】

字裏沖城山にあり。東南二方土壁の跡存す。古事不詳。小柴見内宮居城す。小田切氏の付属と見ゆ。甲陽軍艦に、武田氏へ降参し密謀を上杉に通ぜし事露見し、永禄五年五月、武田氏これを誅すとあり。

小柴見城 (9)
主郭の南側の腰郭。

やはりこの季節(しかも雨)の攻城戦はヤバイですなあー。

藪が酷くて郭を確認するのも一苦労。境が分からないので滑り落ちそうになるし(汗)

小柴見城 (10)
本郭の南側。土塁と土留めの石積みで防御されていたらしい。

小柴見城 (11)
本郭(25×30) 私有地で耕作地なのだが、人も絶えたのか荒れ放題。

あ、そうそう縄張図が無いと緑だらけで分かりませんよね(笑)

小柴見城縄張図②

長野県中世城郭調査研究報告書によれば、昭和54年の第一次調査における縄張図では主郭背後の二重堀切は完全に残っていた。(浄水場は既に建設されていたので、二の郭の北側以北の遺構は消滅している)

残念ながら、その後の付属道路の建設で北側の堀切は破壊されてしまい現存するのは一条のみである。

小柴見城 (15)
現存する堀切。

長野県の郷土史研究における権威である小林計一郎先生によれば、調査当時の二重堀切は巾35mで中央に土塁を盛り上げたものであったという。

でもねえ、何とかならなかったのかしら‥‥(怒)

小柴見城 (29)
二の郭から見る二重堀切跡。

小柴見城 (25)
本郭北側の高土塁。

恐らく半分破壊された二の郭の先にも郭や堀切が存在していたと思われるが、この世から消えてしまった。

行政の後手と乱開発によるこれ以上の悲劇は繰り返してはならない。

小柴見城 (28)
二の郭(24×18)

「長野郷土史研究会機関誌 長野」の第110号「山城・城館特集号」で発行人である小林計一郎先生は「旭山の城館」という氏の記事の中で小柴見城について甲陽軍艦(品第三十二 伝解本)を引用し解説を加えている。
その記事の一部を抜粋し引用させていただく。

「永禄五年、信州朝日の城主小柴見氏は、内々信玄公へ降参したけれど、下心は謙信に通じていた。去年川中島の合戦ののち、甘糟が犀川の向うに二日間逗留したのは、小柴見が心を添えたからである。そこで信玄は松山(武蔵)から帰陣して、五月十五日に成敗した。」
なお、「伝解」に説明を加えた「伝解伝」には、「小柴見宮内、討手萩原弥右衛門と高坂弾正にひそかに命ぜられ、海津城の同心衆二、三十騎が、ひそかに来て、小柴見を善光寺へ引き出し成敗した。小柴見はひじょに馬好きなので、馬をやるといっておびきだした」
この一件は、確実な資料の裏付けが無いので全く無視されているが、「甲陽軍艦」が全く事実無根のことを述べているとも思われず、事実である可能性が高い。(後略)

小柴見城 (36)
小柴見城から見る旭山城、大黒山城。


≪小柴見城≫ (こしばみじょう)

標高:430m 比高:60m(小柴見集会所より)
築城年代:不明
築城・居住者:小柴見氏
場所:長野市平柴
攻城日:2012年6月9日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:10分 (浄水場まで車で乗り入れすれば0分)
見どころ:堀切、土塁、石積みなど
その他:私有地なので注意が必要。
参考文献:長野縣町村誌、長野郷土史研究会機関誌長野第110号

旭山城は有名なのでWEB公開も多いが、小柴見城に関しては「城と古戦場」のマサハレ氏がキチンと掲載しているに過ぎない。さすがに長野の山城信仰のパイオニアである。敬意を表します。






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Posted on 2012/06/09 Sat. 18:09 [edit]

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