らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0806

真田本城 (リバイス 上田市 真田町長十林寺)  

◆四年の歳月でらんまるは進化したか(?)が問われる復刻記事◆

前回のドン引きな記事で呆れた方が多いかもしれない・・・(汗)

ガラパゴスのような信州で進化していくには奇天烈な思考が時には必要なのかもしれない・・・(笑)

この際、上田小県にある真田氏関連の城郭についてもキチッとまとめて卒業しようと思っています。

第一弾は四年前の2008年五月の真田本城のリバイス記事で最新版でございます。


真田本城2 (5)

この日も若きカップルが城跡を散策しておりました。
歴女を志願する彼女に色々と教えていたようですが、果たして恋の行方は神のみぞ知る??

あのねえ、こういう趣味は彼女に強要しちゃダメだよ・・(笑)

ゆきたんをエサにするならイイけど、ドン引き⇒サヨナラってなるんで、隠れキリシタンにならないとネ(爆)

真田本城見取図①
真面目に描くと結構大変だった縄張図。


人のコイバナはさておき、真面目に解説してみますか。

真田本城2 (3)
北側から見た駐車場脇に位置する堀切㋐。

堀切㋐は尾根を遮断する最終の堀切であったと推定されるが、現存するのは北側の一部のみ。

尾根を耕作地化して道路を接続した際に南側の堀は埋められて尾根も削られたのであろうか。

続いて二重堀切を形成していたと思われる堀切㋑と堀切㋒が確認出来る。

真田本城2 (7)

真田本城2 (10)

現在の㋑と㋒の間は平削されてしまったているが、往時は高い土塁で防御を確保していたと思われる。


真田本城の築城時期だが、天正時代という説が多い。小縣群史(大正十一年)にも以下の記述がある。

「真田山城は一に見返城ともいふ。普通は單に城山と呼ぶ。長村真田組小字別堂の頂にある山城なり。その南は小字十林寺に接す。これを以てか小縣群年表は住蓮寺城と記す。本郭は東西七十四間、南北六間三尺、面積一反五畝傍二十九歩あり。東に堀切一条あり、南に追手あり、西と北は峻坂なり。里傳に天正年間、眞田幸隆之を築きしが、上田城成るに及び廃城となると。」

果たしてそうであろうか?

真田本城2 (12)
城の南側に展開する6・7・8の広大な郭群。真田山城ネットワークの中でも圧倒的な広さを誇る。

上州街道に付き出るような尾根先の台地の上は監視するには絶好の位置であり、幸隆の本格的な築城以前にも何らかの砦があったと考えられる。

真田郷に復帰した幸隆は一時的に山家神社の南に居館を構えていた時期があったとされるので、山家の館への入口を見張る砦を改修して本格的な城域を整備したとするのはどうであろうか。

真田本城2 (17)
西側から見た尾根と段郭。


この城の大手は小縣群史にある通り、南の十林集落からと思われる。

砦程度の規模の時代は、北の郭3の尾根伝いに道があったはずで、城域の整備と共に南へ変更されたように思う。

真田本城2 (21)

真田本城2 (23)


すっかり観光地化されてしまい見るべきものなど・・・とお思いの諸君、実は遺構もちゃんとあるのである(笑)


真田本城2 (25)
郭5の手前の堀切㋓。構造上では恐らく竪掘にするはずが未完で終わっているような印象を受ける。


真田本城2 (38)


本郭の背後を堀切で断ち切るというオーソドックスな手法は用いていない。

仕方なく土塁を迫り上げて防御と目隠し・・・という考え方もあるが、この時期の土塁は櫓台(矢倉櫓)と考える。


真田本城2 (26)
嵩土塁の規模は長さ14m巾3m、堀切㋒までは50mの距離と比高15m。

つまり、弓矢や鉄砲で防御するための櫓が建てられていたと見るべきであろう。

南北どちらの郭が破られても鉄砲の有効射程距離であり、特に南側は角度も付くので殺傷能力は高い。

幸隆さん、さすがに百戦錬磨の武田軍の信濃先方衆である。

真田本城2 (40)
郭2(42×11)

馬蹄形の郭で構成される主要部は極めてシンプルである。

形だけ見れば、南北朝かそれ以前に築城されたような錯覚に陥る。

真田本城2 (41)
郭2と郭3は小さな堀切で遮断されている。

真田本城2 (46)
三の郭には周囲を土塁で囲むトーチカのような跡がある。


確証は無いが、松尾城と真田本城は真田幸隆のオリジナルのように思える。

云うまでも無いが、城の築城の基本は「落ちない城」である。

訓練された傭兵を用い、シンプルな縄張りにこそ、そこに隠された築城の真髄が垣間見えるような気がする。

改めて真田本城を調べると、初回訪問では見えなかったお宝が満載なのである・・(笑)

真田本城2 (57)
本郭の高土塁。ここに櫓を立て鉄砲足軽に連射させれば恐るべき要塞になる。


真田本城2 (59)
いざとなったら松尾城、遠見番所伝いで上州へ逃げるが勝ち??(ってか遠見番所はもういいや・・笑)


≪真田本城≫ (さなだほんじょう 真田山城・松尾新城・住蓮寺城・十林寺城山)
 
標高894m 比高150m
築城年代:不明
築城・居城者:真田氏
場所:上田市真田町長十林寺
攻城日:2012年8月5日(初回訪問2008年5月)
お勧め度:★★★★☆
見どころ:隅々まで調べてこそ真の真田の軍略に触れる事が出来るであろう。
その他:真田山城ネットワーク
参考文献:「図解 山城探訪 第三集 上田小県資料編」(宮坂武男著)


遠見番所 (2)
遠見番所手前の鉄塔から見た真田本城と砥石城(7倍ズーム)




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Posted on 2012/08/06 Mon. 23:31 [edit]

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