らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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山家の館 (上田市真田町長)  

◆流転を重ねた真田氏の重要拠点◆

真田幸隆の墓所のある長谷寺(ちょうこくじ)の谷と岩井堂川の流れ落ちる右岸一帯が山家の館跡として伝えられている。

居館跡の北側には真田氏の信仰厚い山家神社が隣接し、南西1kmには真田本城、北東1kmには日向の館や上野屋敷、そしてその山の上には松尾城があり、真田氏の大事な拠点であった事が伺い知れる。

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真田氏そしてその後の上田藩主からも厚い信仰と保護を受けた山家神社。

山家神社のルーツを調べるには白山社としての四阿山(標高2354m)に登る必要があるのだが、神社仏閣の趣味に興じるにはまだ早い・・・(笑)
鳥居峠に中社を置き、山家神社は里宮としたようだが、何を云っているのかさっぱりわかんない・・・(汗)

このままではあの世に逝った時に神罰が下されそうである・・・(笑)

yamaga (1)

山家神社脇に付近の名所説明板があり、山家の館について記載がある。(さすが、真田町!!)

でもね、写真って実は不便なのよ。地図表記じゃないと昭和人間には分からない訳で・・・(汗)

山家の館見取図

真田氏の居館跡というと真っ先に信綱が造成したとされる本原の真田氏居館の他に、日向居館、初期の萩の館、信綱寺付近の内小屋館などがあるが、砥石城を本拠とする前においては推定地が多く謎のままである。


山家の館 (3)
北西の道路脇の民家の前には説明板がある。

館跡の周辺には往時の石積みがあるというが、判断が難しく確かな証拠にはなっていない。

山家の館 (5)
南側の通路。この左手が居館跡になるのだが、改変著しく詳細は不明。


山家の館を東に登ると長谷寺への参道となる。

郭の北の畑の中には「旗見石」(はたみいし)と呼ばれる場所がある。

付近を通過する軍勢の旗印を監視した場所と伝わる。

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他人の領地を通過するのにわざわざ旗指物を担いだとは到底思えないが仁義厚き時代なのでアリかもしれない。


山家の館 (9)
居館跡から見る松尾城と遠見番所。


一時的に真田幸隆が城館を置いた事は考えられるが、僅かの期間であったのだろうか?

長谷寺に墓所があることや、山家神社があることから真田氏にとっては特別な場所だったと推察されるが、流転を繰り返した彼らにとって「安住の地」という思想は無かったのだと思えてならない。


≪山家の館≫ (やまがのやかた)

標高:790m 比高:-
築城年代:不明
築城・居住者:真田氏
場所:上田市真田町長山家
攻城日:2012年8月5日
お勧め度:★☆☆☆☆
館跡までの所要時間:-
見どころ:-
その他:付近に山家神社、長谷寺がある。
参考文献:「図解山城探訪 第三集 上田小県資料編 宮坂武男著」


山家の館 (6)
東南に位置する高台。上位屋敷はこの辺りにあったのだろうか?





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Posted on 2012/08/15 Wed. 21:21 [edit]

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