らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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北条城① (松本市梓川上野北条)  

◆疲労困憊と時間切れで調査を中断した西牧氏の本城◆

いくら「キジルシ」でも一日に回れる城跡は比高差に比例するのである。(笑)

この日攻めた城の比高は田沢城150m、平瀬山北の城120m、亀山城・北条城240mの合計510m。

600mが上限だろうと思うのだが、天候や攻城ルート、加齢による衰えも考慮しなければなるまい・・(爆)

北条城見取図①

さて、今回ご紹介するのは息絶え絶えで辿りついた北条城。

疲労困憊と迫る夕闇、帰り道の確保に不安があり調査を中断して撤収となった‥‥(汗)

「大将たるもの、生き恥を晒そうとも生き延びて汚名を挽回せよ」とは、信長公の訓示である(笑)

北條城 (7)
亀山城からの尾根道。このあと大量の藪の出現で道が不明瞭となる。

そもそも亀山城から10分程度でお気軽に行けるような錯覚だったのだ。

後から冷静に考えてみれば比高差190mは容易でない事が判りそうなものだが、お気楽ノー天気はいつもの悪いクセであった。

北條城 (8)
城域に入った事が確認出来る堀切㋔。


城域へ突入したその時である。

「ガサガサ!!」

十数メートル先の物音と気配に身構える‥…(汗)

「とうとう来たかクーさん、待ってたホイ」

いやいや、そんな事は想定していないし、welcomeなんてありえない!!

北條城 (11)
堀切㋔の先にある段郭。


「殺るか殺られるか・・・」まさしく戦国の掟である。

ストック二刀流の剣さばきは正念場であった。

覚悟を決めて目を凝らした先に現れたのは間伐の雑木を担いだ地主さん(人間)であった・・・。


「こんにちは、城山はこの先ですか??」(らんまる)

「ああ、あと少しだよ」(地主様)

熊じゃない⇒地主だった⇒止め山の松茸泥棒監視か?⇒登山者であることを正当化する

やはり、この世の中、一番怖い存在は人間であったのだ。

それにしても、機転を制した者が危機を逃れる・・・・このことであった(汗)


北條城 (12)
苦難の末に到達した北條城の本郭(郭1)。藪だらけの二等辺三角形。


極度の緊張感が疲労を倍増させたのは言うまでもない。

おまけに午後3時を過ぎているし、帰り道は藪に阻まれているのでロスする可能性は高い。

「この尾根だけ調査したら撤収するか」

北條城 (13)
周囲を土塁で囲んだ郭1(40×21)

北條城 (15)
南側には虎口が確認出来る。


正直なところ、藪に覆われた郭の調査は薄気味悪くて直ぐにでも帰りたかった。

でもね、せっかく地主さんを潜り抜けた北條城、せめて見られるところだけは記録しないと・・。

北條城 (21)
主郭西の堀切㋑。上巾10m。

北條城 (23)
堀切㋑は土塁を伴い、二重堀切ともいえる㋒の小さな堀切を並行させている。処理がイマイチ。

北條城 (25)
郭2(12×11)


この城にあった西牧氏は滋野系海野一族であった事は以前に記載した。

信濃における小笠原軍団の中核として天文十七年(1548)の塩尻峠の戦いに西牧氏も参戦するが、仁科道外の離反もあり晴信に惨敗する。

「ご恩と奉公」で成り立つ武士団にとって、恩賞の地すら与えようとせず先の展望すら見えない小笠原長時に加担し続ける事に、信濃の豪族衆は見切りをつけていたのである。

北條城 (28)
堀切㋓。上巾7mはあるが、堀底は浅い。


塩尻峠の合戦で長時を見限った西牧氏は武田氏に降る。

それは周辺の三村氏、山家氏、刈谷原氏、塔ノ原氏なども同じであった。

北條城 (36)
郭3。石室を破壊したような跡がある。もともと古代の墳墓のあった地と想定される。

北條城 (33)
郭3の北側には二段の腰郭が確認出来る。


いち早く長時さんに見切りを付けた西牧氏だったが、その後文献にも登場せずパッとしなかったらしい。

うらぶれた長時さんが近隣の中塔城に籠城した際にはさぞかし慌てたと思われる。

天正壬午の乱で貞慶さんが深志に復帰した際には、真っ先に血祭りの生贄になり滅亡したという。

「犬神家の一族」よりも恐ろしい復讐劇の始まりである(笑)

北條城 (43)
北条城で一番見事な巾と深さを誇る堀切㋐。

北條城 (41)
堀切の先には削平地と土塁の郭が確認出来る。

小笠原貞慶は西牧氏の所領を二木氏に与えたという。

今回調査を断念した北尾根と北東尾根には段郭が多数築かれているというが、戦国初期の様式であり、武田統治時代や小笠原貞慶時代には捨て置かれたようである。

いずれまた攻める機会はあるかと思い、殿軍を引き受けて撤収する。(って一人しかいないじゃん・・笑)

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東側から見た北条城全景。

≪北条城≫ (きたじょうじょう 西牧城) 

標高:948m 比高240m
築城年代:不明
築城・居住者:西牧氏
場所:松本市梓川北條
攻城日:2012年9月16日 
見どころ:堀切、郭、土塁など
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:30分
注意:秋は松茸山なので止めましょう。初冬から春先がお勧め。
付近の見どころ:亀山城、中塔城
参考文献:「図解山城探訪 第六集 安曇史料編 宮坂武男著

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Posted on 2012/09/29 Sat. 21:48 [edit]

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