らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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上ノ山城 (安曇野市豊科田沢)  

◆光城・田沢城への街道を見張った番小屋◆

中塔城で精根尽き果てたはずだったが、間髪入れずに安曇平定の軍を起こす。

「疾きこと 風の如し」:毎週国道143号線の青木峠をタイムトライアルで走り屋の如く駆け抜けている

「疲労蓄積、山の如し」:なんか解釈違うなー(笑)一日五城落とすとは孫子の兵法書にも無かった・・。

このクソ暑いのに「田沢城」⇒「上ノ山城」⇒「平瀬山北の城」⇒「亀山城」⇒「北條城」の攻城戦を敢行。

「侵略する事 ボヤの如し」:最後の北條城はノロマの亀さん状態でしたあー(汗)

「爆睡する事 林の如し」:途中で昼寝したら記憶喪失状態。「ここは何処??何でここにいるの?」

上の城山 (1)


上の山城へは、田沢城への登り口の手前を「豊科カントリー倶楽部」方面へ左折しクラブハウス手前の左ヘアピンカーブに標柱があるので分かり易い。

こんな超マイナーな砦を山城史跡として認定するのか宮坂武男先生は疑問をていしていたが、一応安曇野市の指定史跡なのでご紹介しておきましょう。

上ノ山城見取図
※地図のタイトルは「上の城山」⇒「上ノ山城」の間違い。弘法も筆の誤りということで・・・(汗)


ご覧の通り何の変哲もない縄張りで、城の背後は無防備状態。こんなんで大丈夫かしら(笑)

光城・田沢城から南の平瀬城方面へ抜ける山道の途中にあり番小屋程度の作りである。

上の城山 (4)
郭の背後に土塁のある郭1(20×18)。説明板が建つ。

上の城山 (18)
主郭背後には平削された場所があり、近年まで民家があったという。郭としての断定は難しい。


この場所、JR篠ノ井線田沢駅から仰ぎ見ると犀川に突き出た尾根先にあるのがわかる。
残念ながら城跡からの景色は見る事が出来ない。

上の城山 (8)

面白いのは郭1と郭2の切岸に石積みがある事でしょうか。防御というよりも土留めってかんじでしょうねえ。

上の城山 (9)
石積みの跡。

付近の城の監視や連絡用の砦であるならば、刈谷原城、伊深城が見える位置に作りそうだが、この位置では無理。

対岸の安曇平野の先にある諸城は遠すぎて見えない。

上の城山 (12)
堀切らしき跡もあるが防御性は乏しい。


郭1から南へ50mほど行くと人工的な平削跡のある郭5(18×15)に気が付く。緊急避難先か?

上の城山 (21)
郭5。

上の城山 (22)
西側斜面の竪掘㋑。天然の沢っぽいが・・・・。

城の東の沢には小さな川があるので、兵士1~2名が定住していた事も考えられる。

超マイナーですが、ちゃんと砦の名前も残っているので訪問してみましょうネ(笑)


≪上ノ山城≫ (うえのやましろ 殿山城) 

標高:768m 比高200m(山麓より。脇の道路からは10mぐらい)
築城年代:不明
築城・居住者:不明(光氏・田沢氏関連か?
場所:安曇野市豊科田沢
攻城日:2012年9月16日 
見どころ:土塁、石積み
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:1分
注意:特に無し
付近の見どころ:光城、田沢城、平瀬山北の城(ここは大変さMAX)など
参考文献:「図解山城探訪 第六集 安曇史料編 宮坂武男著」

上の城山 (27)
素通りしそうな場所にあります。敵もきっと素通りしたと思われます・・・(笑)








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Posted on 2012/09/17 Mon. 08:36 [edit]

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