らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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麻績城 (東筑摩郡麻績村 リバイス)  

◆虚空蔵山城を補完すべく改修された山頂の要塞◆

さて、東海遠征の度で年内分の在庫は補充出来たので、仕入れ順に掲載していこうと思います(笑)

で、今回ご紹介するのは三年前の駆け出しの頃に一度掲載した麻績城(新城)。

麻績城(新城)見取図①

当時は虚空蔵山城(麻績古城)の存在も知らず、青柳城の直後の登城だったのでプアな城という印象を述べたが、二度目の訪問では隅々まで調べる事が出来たので、名誉回復をさせていただこうと思い掲載しました。

麻績城2 (1)
相変らす登り口から鞍部(搦め手)までの道のりは遠く厳しい。


麻績城2 (5)
唯一展望の開ける郭4。堀切など必要の無い険しい急坂を登った先に朽ち果てた休憩テーブルがある。


麻績城2 (6)
周辺の街道と砦群を眼下に収める優れた眺望。

麻績城2 (8)
苦労して登ったものだけが見れる信濃のスクランブル交差点。


伝承によれば、服部左衛門清信は村上義清の旗下で川中島島寺村に知行を持っていたが、永正五年(1508)六月に麻績の地を賜り一族を伴い入部したという。


麻績城2 (12)
中央に土塁を設置した変則的な堀切㋔。


天文二十二年(1553)、武田氏が東筑摩郡への侵攻を始めると服部清正は虚空蔵山の北山に新たに麻績城を築き村上義清の後ろ盾を得て対抗しようとしたと云う。
もともと見張り砦程度のものはあったはずで、この時に増築されたと見るべきであろうか。


麻績城2 (20)
南斜面は急傾斜なのであえて竪掘にはしなかった堀切㋓


麻績城2 (21)
郭3(18×7)


天文二十二年四月二日に太田長門守の守る刈谷原城が攻め落とされ、九日には葛尾城が自落。十五日には武田晴信が青柳城に着陣しているので青柳氏も、大岡口の香坂氏もこの時すでに武田に降ったものとみられる。
服部氏は麻績城を脱出し塩田城に籠る村上義清と合流しその後越後の上杉謙信の元へ落ち延びたという。

麻績城2 (27)
郭2(20×13)


その後、服部氏の旧領は青柳氏に与えられ青柳氏は武田晴信の命により麻績氏を称せられたという。


麻績城2 (29)
二重堀切の跡が確認出来る堀切㋑と㋒。虚空蔵山城へはここから下るらしいので、大手と見るべきか?


そういえば青柳城の大手道も郭と郭の間にある桝形に出る構造で、左右から挟撃出来る仕組みになっていた。
麻績城もここが桝形だとすれば同じ目的を持っていたと考えられるが、どうであろうか?

麻績城2 (32)
本郭手前の堀切㋐。往時はもっと深かったと思われる。

麻績城2 (36)
主郭(40×26)北方面以外は全て見渡せたであろう抜群のロケーションだが雑木林が邪魔で何も見えない(笑)


武田が滅び、信長が斃れると旧武田領は北条・上杉・徳川の草刈り場となる(天正壬午の乱)
東筑摩郡は上杉景勝vs小笠原貞慶の争奪戦が繰り広げられ、豊臣vs徳川の代理戦争の様相を呈する。

麻績・青柳周辺は景勝が制圧し、服部清正は麻績城将として復帰を果たすが、周辺の豪族は徳川方の貞慶になびくものが多く服部氏も貞慶側に内応する。
これを知った景勝は自ら軍勢を率いて麻績城を攻め落とし服部清正を捕えて更埴の八幡で処刑したという。

麻績城2 (42)
本郭北側の斜面に展開する段郭群。


麻績城2 (47)
段郭の先の南斜面には竪掘㋖が確認出来る。


その後も麻績付近は景勝と貞慶の争奪戦が繰り返され、天正十八年の秀吉による停戦命令で景勝が撤収して長き騒乱が終わりを告げた。


麻績城2 (51)
西斜面に落ちる竪掘㋕。


さて、麻績城(新城)と麓にある虚空蔵山城との関係はどうであったのか。

虚空蔵山城はかなり改修が繰り返された跡があるので、景勝vs貞慶の主戦場はこちらであったと思う。
新城はあまり手が加えられた様子も無く、撤収用の城としてはかなり登ることや独立峰に近い山なので尾根伝いに逃げるのにも適しているとは思えない。
後詰として伏兵を置き増援部隊を駐屯させるぐらいであろうか。下が落ちれば上も落ちるし・・(汗)

矢倉城 (11)
矢倉城から見た麻績城全景。

ちなみに峰続きにある「のろし山」だが、「山城紀行」の清水長久氏によれば搦め手の尾根から30分ほどで着いたが三角点以外は何の遺構も残っていないという。
麻績城から猿ヶ馬場峠は隠れて見えないので、烽火台を連絡用として置いていたのかもしれない。

≪麻績城≫ (おみじょう または麻績新城) 

標高:936.3m 比高275.0m(法善寺より)
築城年代:不明
築城・居住者:麻績氏、服部氏、青柳氏、小笠原氏、上杉氏
場所:東筑摩郡麻績村麻
攻城日:2012年9月22日 
見どころ:土塁、堀切、竪掘、郭群など
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:45分
注意:岩場は転落注意
その他:虚空蔵山城とセットでお勧め。
参考文献:「図解山城探訪 第五集 松塩筑史料編 宮坂武男著」





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Posted on 2012/10/14 Sun. 10:12 [edit]

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