らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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霧久保城 (小諸市押出)  

◆総石垣の謎の城の正体◆

昨日、キラネーム同迷軍(総員2名)は気温0度を示す早朝、白馬村に紅葉狩りに行ったのである。

そんな風流な趣味などあるはずもなく、難易度Sと呼ばれる難攻不落の城塞攻略だった・・・(笑)

城郭関連のWEBでは恐らく本邦初公開となるであろうその二つの城とは、白馬村を制圧した山県昌景さんにもお褒めの言葉を頂けるものと思われる・・・(ってか言い過ぎでしょ!)

今月中の公開を目指して準備中なのだが、例の如くあまり期待しないほうがイイかもしれません・・(汗)

さて、今回は前々回の謎の城の調査を終えたので公開しようと思います。

霧久保城2 (14)城跡への登り口。

謎の城の正体は「霧久保城」で、小諸市の押出という集落にある。

浅間技研の工場の裏手に隣接しており、城域の南側は千曲川へ続くチョッとした小山。本郭には鉄塔が例の如く突き刺さっているので迷うことは無いと思われる。

霧久保城見取図①

ここから北東2kmには富士見城があり、切石による総石垣の珍しい平山城である。

それに対抗するかのように、この霧久保城は千曲川の丸石を利用した総石垣の城となっている。

霧久保城 (9)郭の土留用の石垣。

城のある小山全体が畑として耕作地化され、かなり改変されているので何処までが往時の石積みか判断が厳しい。

山裾に広がる郭と石積みは明らかに近世の改変と見れるが、主郭1と主郭2を含めた周辺は戦国期のものと見ても良いような気がする。

霧久保城 (15)主郭の虎口。

現状の城跡は耕作が放棄されて久しいようで、荒れ放題の藪に埋もれている。

ちょっと手を入れればだいぶ見違えるように思うが、地元や小諸市には城跡だという認識が無いので仕方ない。

富士見城の境遇と比較すると哀れでならないと思うのは小生だけだろうか?

霧久保城 (18)鉄塔の刺さる郭1(40×20)


霧久保城 (20)草払い機があれば丸坊主にしたい(笑)

霧久保城 (21)郭2との境に祀られる石祠。藪まみれ。


郭1と隣接する郭2(33×21)が往時から存在する郭であろうか。

千曲川を挟んだ崖淵の台地ある楽巌寺城布引城を眼下に抑え、富士見城と連携して上田・滋野方面(現在の東御市)からの通行を監視したものと思われる。


霧久保城 (23)トンネルを抜けると郭2だった・・(笑)


霧久保城 (26)堀切側の虎口と石垣。

郭2の西側の切岸を下ると堀跡となる。城域の北側を囲む堀も現在は総石垣である。もっともこれこそ後世の改変であり、往時は天然の沢を利用した空堀だったと思われる。

霧久保城 (32)巾10m。近代城郭の堀のように見える。


霧久保城 (30)堀の対岸も総石垣。なんとなく凄い(笑)

整地された堀を歩いていると近代の城跡を歩いているような錯覚に陥る(笑)

公園化して模擬天守閣でも立てれば「なんちゃって霧久保城」となりそうだ(爆)

霧久保城 (40)至るところに使用されている石積み。

冗談はさておき、物見砦としては立地的に申し分ない場所である。

城主、城歴とも不詳であるが、富士見城の見張り砦として戦国末期まで使われた可能性は否定出来ない。

天正壬午の乱では、徳川に反旗を翻した真田昌幸がどさくさまぎれに小諸や佐久への進出を狙っていたというから、小諸を預かっていた柴田康忠が富士見城とともに兵を入れていた事が想像出来そうだ。

霧久保城 (49)東南の腰郭には立派な虎口がある。

前回退却の原因となった未確認生物は今回発見出来なかった・・(ってか、助かった・・笑)


≪霧久保城≫ (きりくぼじょう)

場所:小諸市押出(標高608m 比高35m)
攻城日:2012年11月4日
お勧め度:★★★★☆
所要時間:-
見どころ;造成時期はいつなのか疑問だが、何と言っても見事な石垣。
注意:カモシカ君が城主らしいので出没注意!!
周辺のお勧めスポット:富士見城、小諸城、楽巌寺城、布引城、布引観音釈尊寺、桝形城、外山城、桝形城、愛宕山城など (ってか、多すぎでしょ!)
参考文献・資料:「図解山城探訪 第八集佐久北部資料編 宮坂武男 著」

次回はいよいよ掲載城数300番目の記念号です。お楽しみに!

霧久保城 (53)千曲川の橋から見る霧久保城と富士見城。






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Posted on 2012/11/04 Sun. 17:18 [edit]

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