らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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荒神尾城① (松本市刈谷原町錦部)  

◆刈谷原城は何処にあったのか?◆

先日、ていぴす殿に鷹巣根城を案内していただいたのだが、高白斎記の指す「刈谷原城」は何処だったのか?という話題で盛り上がり、やはり結論は出ない。

確かに鷹巣根城(たかすねじょう)の防御は凄いのだが、兵隊が駐留出来る場所が無いのである。
独立峰で四方向の尾根を持ち、籠城戦に持ち込むとなると相当な人数が必要になると思うのだが駐屯地らしき郭など無い。

鷹巣根城① (10)鷹巣根城の北東の尾根。

ではもう一つの有力候補である荒神尾城(こうじんおじょう)はどうなんだろうか?

「百聞は一見にしかず」というので「いっちょ攻めて見ますか!」(笑)

刈谷原周辺城郭配置図①刈谷原・保福寺周辺の城砦。交通の要衝を抑えているのが良く分かる。

場所は先週同行したていぴす殿に聞いていたのだが、大手筋の上宮集落から入れないものかと右往左往。挙句の果てに稲倉峠(しなくらとうげ)を登りかけてUターンする有り様(汗)

やっぱ正攻法で錦部小学校の先の尾根からトライする事にした(爆)

荒神尾城 (150)県道脇から見た荒神尾城。

経験上、地べたから見える城って遠いのよ、尾根も長そうだし・・・(笑)

でも後悔したくないから攻め登った・・・で、この城「凄かったし感動した」ので2回に分割掲載します。

荒神尾城見取図② 001荒神尾城概略図。街道側の北の尾根に防御の重点を置いているのが分かる。


【荒神尾城B地区】

ルート:錦部小学校の校庭の南西に沢があり正面に荒神尾城が見える。沢に下りて右手の尾根に遊歩道がある。鳥獣被害防止フェンスがあるので空けて入る。(必ず閉めよう)廃墟となった子供の遊具施設が目印。案内標柱もまる。

荒神尾城 (144)

荒神尾城 (140)沢沿いの遊歩道を進み、途中から右へ折れて尾根に向かう道を辿る。

荒神尾城 (139)この道を発見したのは帰り道だった(笑)

小生は沢を詰めてしまい道が無くなったので例の如く強引に尾根に向けて直登した(毎回ご苦労さん!)

荒神尾城 (9)ここまで来ればあとは尾根伝いに進むだけ。


さて、「高白斎記」の天文二十二年は以下の記載がある。

三月十七日節、小田原ヨリ南条差府。栗原左兵衛方へ太刀一腰並ビニ千疋遣ワサレ候ガ十八日甲子、於曾源八郎深志ヘ越ヘテ二度帰府無ク候。

三月二十三日己巳午未刻、丑方ニ向ヒ御出馬。

三月二十九日乙亥辰刻深志ヲ御立。午刻、苅屋原ヘ御潜陣。

晦日、城ノ近辺放火サル。

四月小朔日丁丑。

四月二日戊司午刻、苅屋原の城攻め落され城主長門守生ケ捕ル。酉刻ニ晴吃塔原ノ城自落。

四月三日己卯、会田虚空蔵山マデ火ヲ放ツ。苅屋原ノ敵城ヲ割リ、酉ノ刻寅ノ方ニ向ヒ御鍬立。栗原左兵衛相勤ムル七五三。

四月六日壬午御先衆十二頭立テサセラレ候。昨日屋代方、塩崎方同心致シ桑原ノ地無最ノ由御注進。

四月八日甲申、苅屋原ノ城主今福万見守仰セ付ケラレル。御使典キウ栗原左兵衛。


荒神尾城 (11)痩せ尾根に出たのでてっきり城域に入ったと思ったのだが、大きな間違いだった(汗)

荒神尾城B地区

荒神尾城 (19)攻城開始から30分でようやく堀切㋐に着く。

高白斎記に記載されている刈谷原城は、三月三十一日に周辺を放火され、四月一日、二日の二日間の攻撃で落城し城主の太田長門守は生け捕りにされている。
翌三日には城割り(破却)され、午後六時には新たに武田方の城として普請儀式(お鍬立て)が完了している。

荒神尾城 (26)北東の尾根を遮断する堀切㋑。

荒神尾城 (136)北西の尾根を遮断する堀切㋒。

武田軍相手に二日間も(!)籠城出来たのだから凄いと云わざるを得ない。

その城が「鷹巣根城」なのか「荒神尾城」なのか??

荒神尾城 (35)

荒神尾城 (37)

宮坂武男氏の指摘するように「縄張り(遺構)」からの推察、「立地条件(往時の要衝)」からの推察が必要だと思われる。

小生の推定ですか?シロウトの見解は次回って事にしましょう。しっかり遺構見ないとね(笑)

荒神尾城 (38)食い違いにしている堀切㋕。

荒神尾城 (39)郭手前に立ちはだかる巨大な堀切㋖

B地区は7本の堀切で尾根を徹底的に刻んでいる。

しかも痩せ尾根で巾は1mも無い。攻城側は縦列で攻めるしかないのだが、落差のキツい尾根に堀切で動きを制御され、身を隠す場所も無い。

守備側は少数で守れるし投石だけでも敵は潰れるだろう。鉄砲はら命中精度も高くなる。

荒神尾城 (45)郭から尾根を見下ろすとこんな感じ。

荒神尾城 (47)この位置から尾根が全て掌握出来る。

鷹巣根城に比べると規模は小さいが少数で守るには適しているし、ここの尾根だけ見ても防御力は高い。

荒神尾城 (48)二段構えの郭。途中には竪掘を置く。

荒神尾城 (50)竪掘㋗。竪掘りをゴミ入れにするのはやめましょう(汗)。斜面から東のA地区へ移動を制御しているのが分かる。

荒神尾城 (54)A地区へ繋がる二段目の郭。


さあ、堀で刻まれたB地区は如何だったでしょうか?
ここまでゆっくり見学しながら登って40分。

「凄いなあー」の溜息ばかりでした・・(笑)

次回は更に凄いを連発したA地区攻防戦。刈谷原城の謎に迫れるのか??(爆)

荒神尾城 (151)山麓から見たA地区(ズーム7倍)。まさに司令塔であった。

Posted on 2012/12/16 Sun. 12:34 [edit]

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