らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望  

◆信州の諸城攻略を目指す方には必見の書籍!◆

先日は悪天候となり冬将軍に逆らえず予定していた水内郡の攻略は中止と相成った。

然らば翌日こそはと挑んだが予定数の半分は積雪の為に断念する(汗)

若宮城 (1)積雪の多さで断念した若宮城。

それでも三度目の正直で三日城を落とせたのは収穫であった・・(笑)


さて、以前にも書いたと思うが、中世城郭について語る方法はハード(現地調査、発掘)とソフト(古文書調査や口伝の聞き取り)があり、その融合した延長上にこそ往時の姿が見えるのであろう。

入口はどちらであっても辿りつく先は一緒であるが、ハード系は場所さえ分かれば体力勝負で何とかなる。といっても最終形の縄張りしか調査出来ないというジレンマがあり、変遷の過程は不明瞭だ。

ソフト系に至っては、古文書を読むという作業から始まり、この文書が誰によって書かれ、それが何時書かれたのかという年代(あるいは年月)と時系列の特定と考証が必要になる。
既にある資料との整合性や文書の信憑性など解き明かしていく作業は想像を絶するものであろう。

この本の著者である平山氏は、僅か7年間の日本史の歴史のはざまの調査の為に自分の人生の10年という時間を費やすしているのだ。

そんな奇特な方がいなければ、小生の天正壬午の乱と信濃の関わりなどありきたりの認識で終わったに違いない。

武田遺領をめぐる動乱と秀吉の野望

以下は平山氏の「はしがき」の一文である。

「信濃・上野の国衆や武士が、自分の領土保全と拡大を目指して、北条、徳川、上杉という大国と結合や離反を繰り返し、逆に大国の戦略や思惑を大きく狂わせ、翻弄することすらあったことは極めて重要である。戦国争乱が、常に大国有利だとばかりいえないことをよく示す実例が、数多く見受けられるであろう。本書は、そうした中小国衆の動向を可能な限り追求し、徹底して書き込むことに意を注いだ。そこにこそ、大国中心の歴史叙述を相対化する鍵が潜んでいると思ったからである。」

松代城址 063川中島四郡の拠点である海津城址。

購入してイッキに読んだ。繰り返して読んだ。既に四回以上も読んでいる。

天正十年~天正十四年までの五年間の軌跡は、信玄により蹂躪され続けた信濃の国衆が、大国を手玉に取る逆襲の濃密な時間であったのだ。

naganuma3.jpg景勝も入城した長沼城。残念ながらその遺構はたび重なる洪水で消えてしまった。

平山氏がその恐るべき執念で解き明かしていただいた天正年間の信濃。

この本を読まずして信濃の諸城を語る事無かれと思う次第であり、これから信濃詣でを目指す諸氏には、是非とも読んで頂きたい秀逸の書籍である。

上田城01徳川氏が築き真田昌幸が懇願して貰い受けた上田城。その所以故に徳川の「忌まわしき城」なのである。

定価は2500円。平山氏の10年間の対価としては安すぎるが、信州の戦国時代の指南書としては間違いなく最高の本である。



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Posted on 2012/12/03 Mon. 21:07 [edit]

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