らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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重ね城 (東筑摩郡朝日村)  

◆武居城の詰め城&三村領見張りの城◆

今日も今日とて雪であった・・・(汗)

フラストレーションが溜まる。「ええい、ものども馬を曳け!!出陣じゃあー!」

雪中行軍を敢行する・・いつもの事である(笑)

重ね城 (49)武居城の南の上組集落から見た「重ね城」(正面奥の山)

登り口である武居城の駐車場に着いたまでは良かったが、雪と横殴りの風が一段と酷くなった。

「比高200mか。さっと攻め登ってトットと帰るか!」(相変わらずノー天気だ・・汗)

武居城の郭2の背後の大堀切から南の尾根に入る。

重ね城 (47)堀切を右へ登ると尾根になる。

尾根伝いの林の中を登っていく。途中までは天候も小康状態だったが15分過ぎたあたりから吹雪に見舞われる。

「行けるところまで行ってみるか」難しい判断を強いられる。

重ね城 (6)この先を登ると雪まみれの笹藪との格闘になった。

何とか道は付いていたのだが、途中で青ざめた。

「ヤツの足跡だ。しかもチョッと前の踏み跡だ・・・・・(汗)」

どうやら城跡の方向へ足跡が続いている。究極の選択をしなければならない。城跡まではあと10分くらい。

重ね城 (142)

クーさんの足跡を追うように兵を進めた。(ってかひとりじゃん)

途中で足跡が逸れてくれる事を祈りながら・・・・(冷や汗)

郭3まで続いていたヤツの足跡は途中で堀切㋒の方向へ進路を変えて登っていった形跡が確認出来た。

「籠城するつもりか?」(ってかこの場合はクーさんとの決戦を避けて撤収でしょ!)

重ね城見取図①

「毘沙門天のご加護のあらせられんことを!!」(って、謙信公かい!)

ここで撤収するのは武門の名折れなので、迅速かつ速やかに城跡を検分し退却する事にした。

「大将たるもの、たとえ生き恥を晒そうとも生きて還り汚名を晴らす事が肝要」このことであった(汗)

重ね城 (17)城の搦め手である「天ヵ上(天狗城)」への南橋。

重ね城 (13)上巾10mの堀切㋔。東側斜面の通路はこの堀に接続している。

重ね城 (21)堀切㋔と堀切㋓の連絡用の郭。段差がある。

幸いな事に攻め入った郭群にはヤツの足跡は無い。しかし堀切に潜む可能性は捨て難く雄たけびを上げ移動する。

重ね城 (9)主郭背後の堀切㋓上巾12m。

武居城の詰城とされる「重ね城(かさねじょう)」を築城したとされる三村氏については、小生の過去記事「武居城」をご参照いただきたい。

重ね城 (24)楕円形の郭1。(49×19)

三村氏については不明な点が多いが、室町時代末期には現在の東筑摩郡朝日村・塩尻市の洗馬・宗賀・広丘、松本市の今井・笹賀・神林に勢力を持っていたという。

芦ノ田の妙義山城への移転時期ははっきりしないが、当初は武居城とその麓の居館にあって領地の見張り台及び武居城の詰城として「重ね城」が築城されたのではないかと推測される。

重ね城 (25)主郭背後の土塁。

三村氏が本拠地を釜井庵及び妙義山城に移した後も武居城は朝日村方面の抑えとして残され、連絡用の砦として重ね城は機能していたと思われる。

重ね城 (27)ヤツの逃げ込んだ堀切㋒。緊張がピークに達する。


結局、クーさんは足跡の痕跡から堀切㋒から東の沢に逃走し自落の選択を選んだようだった。(ホッ!)

重ね城 (32)郭2。

重ね城 (31)郭2と郭3に連結する堀切㋑。

この悪天候では「繋ぎの城(見張り)」としての景色など望む事など出来ず残念であった。

重ね城 (33)郭4。

この峰の東側の谷は、木曾の贄川へ繋がる間道でもあるので、木曾氏の動向を見張る点でも有利な場所である。

重ね城 (38)大手筋の最初の堀切㋐。

小屋掛けが出来そうなのは郭3と郭5のみであろう。

郭5は笹藪が敷地を覆っているので全容は見えないし、郭3も緩い傾斜があるので判断はしづらい。

重ね城 (41)クーさんの逆襲に備えた郭5(汗)


「早く撤収しなければ・・・・」

今思えば、白い世界のトリックであった。

郭5から武居城へ戻るルートに下りたつもりが、登って来た自分の足跡など何処にも無いのだ。

気がつくと沢の反対側の峰を下りていた。道も不明瞭で何処に下りるか全く分からない。

重ね城 (44)

城跡に戻り、堀底を辿り自分の足跡を探す。

クーさんとの遭遇を覚悟したが、「天は我らを見はなす事は無かった」のである。(笑)

息絶え絶えで駐車場に戻った時には、膝から下は積雪でずぶ濡れ状態。

里山でクーさん相手に討死するか遭難するかは紙一重であった・・・(汗)

「毘沙門天のご加護に感謝を!!」

重ね城 (45)眼下に見える人里など励みにはならないものである。


≪重ね城≫ (かさねじょう) 

標高:1,011m 比高211m
築城年代:不明
築城・居住者:三村氏
場所:東筑摩郡朝日村西洗馬
攻城日:2012年12月8日 
見どころ:堀切、土塁など
お勧め度:★★★★☆
城跡までの所要時間:40分
注意:途中笹の藪に覆われ道を見失う可能性あり。探索には細心の注意が必要。熊対策は必死。単独は避ける。
付近の見どころ:武居城は必見。天狗城(1600m)は縦走しても無理です(汗)
参考文献:「図解山城探訪 第五集 松塩筑史料編 宮坂武男著」

重ね城 (50)北側から見た全景。





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Posted on 2012/12/08 Sat. 22:11 [edit]

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