らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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和田城 (長野市信更町田野口)  

◆鄙びた田舎に眠る見事で雄大な丘陵の城◆

このところ、長野市信更町(しんこうまち)の諸城にハマってしまい、昨日も「上尾城(あげおじょう)」に感嘆して一時間以上も彷徨い、「楯の城(たてのじょう)」で「???」と思い、先週調査した「和田城」と「西の城・東の城」の全景を撮影出来る場所をウロウロしていた・・・・(汗)

信更町といってもピンとくる長野県人は少ない(笑)

手っ取り早く説明すると、犀川と千曲川に挟まれた河岸段丘の丘陵地帯で篠ノ井と千曲市の西側で旧大岡村の北側一帯。(余計わかんない‥…笑)

信更町城郭配置図②長野市信更周辺の諸城配置図。

甲越合戦の頃に武田信玄が川中島に兵員及び物資の輸送をした主要ルートは、深志⇒伊深⇒苅谷原⇒会田⇒麻績(青柳)⇒大岡⇒牧野島⇒信更⇒篠ノ井⇒川中島であったとされる。

猿ヶ馬場峠が軍用道路として重要視されるのは戦国末期であり、信更町を通る従来からの古道は犀川流域の交通の主要路であったのだろう。在地土豪も要害を築いて外部からの侵略に備えた事は想像に難くない。

信更町①長野市信更町田野口。この沢を南に下ると旧大岡村経由で東筑摩郡の麻績へ通じる。(2012/06/10撮影)


今回ご案内するのは信更町田野口の和田城。

街道を見下ろす丘陵地に築かれた美しく雄大な平城である。

和田城(長野市信更田野口) (1)農協GSの左の脇道を密蔵寺へ向かい墓地の裏手の尾根が城跡への通路。

和田城(長野市信更田野口) (6)鉄塔への保安路を登ると堀切㋐に辿り着く。

和田城は、地士「田野口氏」の要害と伝えられるがはっきりしたことは分からないという。戦国時代に田野口氏は信更町上尾の平林氏に属したという。

和田城見取図①(長野市信更町)二重堀切(横堀)を装備する完成度の高い縄張り。

こんな山奥に(失礼・・汗)、こんな技巧的な縄張りを持つ城があるなんて信じられない。

チョッと前にあおれんじゃあ殿がこの城の記事を掲載していたが、現物を見ないと納得出来ない。(嫌な性格である)

和田城(長野市信更田野口) (8)郭4と丁寧に平削された本郭南側の切岸。

腰郭4から切岸を登り、いよいよ郭1へ乗り込む。氏神を祀る社が置かれ30×30程度の菱形。中々の広さだ。

和田城(長野市信更田野口) (9)主郭1。社の背後が土塁で盛土されている。

和田城(長野市信更田野口) (11)横堀に接する二辺のみ土塁がある。

和田城(長野市信更田野口) (12)西側の土塁には虎口。


聖川(ひじりがわ)の浸食によって出来た河岸段丘上の突き出た丘陵に立地し、北及び北西方向が地続きになっているので横堀による厳しい防御ラインを形成している。

和田城(長野市信更田野口) (15)郭1と上巾10mほ横堀㋑。

和田城(長野市信更田野口) (20)L字に曲げられた横堀㋑(堀底から撮影)加工度の高い仕上げである。

和田城(長野市信更田野口) (18)横堀㋑(南東方面)

まあね、この横堀1本で「んーん、素晴らしい!」と思い、雪の堀底を犬のように走り回ってすっ転んだ‥(爆)

強引に横堀㋑をL字に曲げた為に郭2は縄張図のように歪な形になってしまったようだ。

和田城(長野市信更田野口) (53)北側から見た郭2。遥か先に郭1が見える。この郭にも祠がある。


郭2の西側を見た時は「溜息」というよりも「驚愕」に近いものでした。

こんな「ど田舎(失礼)」にこんな素晴らしい二重横堀を装備した城があったとは……

和田城(長野市信更田野口) (21)郭2から北方面。

堀底に土塁を穿ち、横堀㋓と㋔がそれぞれ上巾10mで「線路は続くよ何処までも・・・・(笑)」

久々にこんな凄い二重堀切(横堀)を見た。しかも土木工事の規模としてはかなりデカイ。

和田城(長野市信更田野口) (23)西斜面に落ちる二重堀。

和田城(長野市信更田野口) (28)西斜面の堀底からのアングル。

和田城(長野市信更田野口) (32)郭2の横から北方面。

和田城(長野市信更田野口) (34)郭2の横から西方面。

㋓の堀は総延長で140m、㋔の堀はやや短くて120mに及ぶという。

こんな大規模な土木工事が地侍如きに出来たのであろうか?

もともとあった砦が大勢力により改修されたと見るのが自然であろう。

和田城(長野市信更田野口) (37)郭3の西側で堀切㋔は終点になるが、堀切㋓は東の沢まで回り込む。

和田城(長野市信更田野口) (40)堀切㋒

何かねえ、こんな場所でこんな凄いもの見ちゃうとテンション上がりっぱなし!!

秘密基地を発見したような気分になります・・(爆)

和田城(長野市信更田野口) (44)台形の郭3.

和田城(長野市信更田野口) (45)上巾10m×深さ5mの横堀㋒。

和田城(長野市信更田野口) (51)東斜面は天然の沢になっているので攻めるのは難しいだろう。


和田城(長野市信更田野口) (52)この写真撮影後、堀へ滑落する。雪は滑るので嬉しくても注意しましょう(汗)

言葉よりも写真になってしまった・・・いつもの事である。

この城を攻める前に「西の城(にしのじょう)」に攻め入ったのだが、似たような縄張りだった。規模は和田城のが断然大きくて比べようもないが。

犀川流域及び大岡口から川中島への出口を抑える重要な拠点だった事が伺える素晴らしい城である。

和田城(長野市信更田野口) (63)密蔵寺の墓所から大岡方面。街道の抑えとしては文句ない立地であろう。


蛇足だが、和田城を見た時に「本当の大岡城は何処にあったのか?」という長年の疑問を思い出した。

この場所じゃ離れ過ぎていて、チョッと無理がある(笑)

現在は髻山城という説が有力であるが、果たしてそうであろうか?

小生は和田城のように、まだどっかに埋もれていそうな気がしてならない。

和田城(長野市信更田野口) (65)札木地籍から見た和田城遠景。

≪和田城≫ (わだじょう) 

標高:396m 比高62m(農協より)
築城年代:不明
築城・居住者:田野口氏、平林氏(?)、武田氏(?)、上杉氏(?)
場所:長野市信更町田野口
攻城日:2013年1月06日 
見どころ:二重堀切(横堀)、郭、土塁、切岸など
お勧め度:★★★★★(二重堀切最高!)
城跡までの所要時間:10分
注意:夏は藪茫々です。赤田方面から農道経由で行けるが迷惑なので止めましょう。
付近の見どころ:西の城、上尾城、石川城、屏風城、盾の城など
参考文献:「信濃の山城と館② 宮坂武男著」

和田城② (2)北側の本郷方面からの遠景。丘陵に築かれた城というのが分かる。









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Posted on 2013/01/14 Mon. 11:10 [edit]

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