らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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大下砦 (下伊那郡高森町牛牧)  

◆松岡本城の西端の見張り砦◆

県道15号線の南側を走る下伊那広域農道は通称「南信州フルーツライン」と呼ばれるらしい。

大下砦(おおしもとりで)は松岡氏関連の18ある城郭の一つで、本城の西約1kmの舌状台地の先端にあり、「南信州フルーツライン」の道路工事で破壊を余儀なくされた。

※掲載写真はガラパゴス携帯の付属カメラでの撮影。見苦しさはご容赦願います(笑)

大下砦 (1)
郭1に立つ現地説明板。

なんと郭1は道路建設で破壊されたのではなく、年に数台利用があるかも疑問な駐車場に変わり果てたのだ。

地域の住民の皆さんの渋滞緩和の為に犠牲となるのは致し方無いにしても、残せる部分は極力残すというのが常識でしょうが!!(怒)

大下砦見取図①
見事に郭の間を貫通しているのが分かる。

実はこの砦、平成七年(1995)に発掘調査が行われ、郭1に掘立建物や周囲を囲んでいた柵のものと思われる規則正しく配置された穴が発見されたという。

大下砦 (7)
郭1。砦の見学の為に設置した駐車場だとしたら笑止千万である。撮影で立っている場所も駐車場で、ここには堀切㋑があったのだ。

砦の南側は、南大島川が深い渓谷を刻み天竜川に注いでいる。対岸の南1km先には座光寺氏の北本城・南本城がある。
段丘上が古道であった時代から重要視され、集落や町が段丘下に形成されていった室町中期以降も引き続き監視が置かれたのであろう。

大下砦 (2)
説明板では通路で表示されていたが、横堀㋐は土塁で盛られた巨大な防御施設と見るべきだろう。

大下砦 (3)
横堀㋐の土塁。この造成方法は原ノ城と共通しているようだ。

この堀切以外にも何本か竪掘があるようだが、藪が酷く確認出来なかった。

大下砦 (4)
堀切㋐から見上げた郭1。結構急な切岸であることがお分かりいただけるだろうか。


郭2は一段高い位置にあり、現在は中央に方形墓所を持つ水田になっている。これが奇妙な風景だった。

大下砦 (8)
西側から見た堀切㋒と郭2。

大下砦 (10)
北側から郭2。珍百景に登録出来そうだ(笑)

もともとあった古い見張り砦が、風雲急を告げる戦乱の世に備え改修されたと見るべきだろうか。

まあ、壊しちゃったら元に戻せないので・・・・(汗)

大下砦 (11)
郭2から見下ろした郭1方面。駐車場なんていらなかったはずだよねえ。


≪大下砦≫ (おおしもとりで 城山)

標高:560m 比高-m 
築城年代:不明
築城・居住者:松岡氏
場所:下伊那郡高森町牛牧
攻城日:2013年2月10日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間-分 駐車場:道路両脇に2箇所あり。
見どころ:堀切、郭など。近くに洞頭ノ城もあるが道路開発により標柱と一部の遺構のみ。
参考文献:「図解山城探訪 第七集 下伊那資料編 宮坂武男著」
その他:special thanks ていぴす様





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Posted on 2013/02/24 Sun. 16:41 [edit]

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