らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0504

中尾城 (上田市小牧)  

◆小牧城以前の城館一体型の痕跡を残す岩下氏の謎の城◆

肌寒いゴールデンウィークに、再び崖に挑むとは思いもしなかった・・・(笑)

千曲川のほとりの小牧城の西側に「中尾城」と詰めの城(?)と伝わる「下ノ小屋」があると聞いて2ヵ月。

ようやく攻城の機会を得て攻め上がる。上田小県地方の初物の対価はそれなりに厳しいものだった・・(汗)

小牧城2 001四箇牧神社に戦勝の祈りを捧げて出陣。

小生も知らなかったのだが、昨年地元の小牧城保存会の皆さんが城跡を整備して頂いたようで、本来知られていなかった「男坂コース」に標柱が立てられている。

中尾城はまさしく男坂の登り口の脇にある城跡。地元の方も知らない場所だが、新関さんと堀内さんちの墓所と尋ねれば答えてくれるだろう。

小牧城2 002神社の南側に立つ標識を辿る。

小牧城2 003道中、小牧城下ノ城と上ノ城の位置ぐらいは判断できた。

小生も初めて聞く「中尾城」と「下ノ小屋」の名前。

大正十五年の「小縣郡史」には記載があるのだ・・(何度も引用しているのに見落としている自分が恥ずかしい)

「中尾城は上田市小牧區字なかおに古址あり。平地より一段高くしてつ剤二十七間、南北十四間あり。東と西とは山深の推理を帯び、南は藪丈の岩壁にて、頗る要地たり。里傳に岩下氏の城跡といふ。去ればにや天保年間幕臣岩下各彌といへるもの、其祖先の地たるの縁を以って小牧を訪へることありきとす。」

小牧城2 004六句沢にあるこの標識から城域になる。

小牧城2 008

「東と西は山深の水利を帯び」とあるのは不動沢と六句沢に挟まれた地形を指している。

往時の千曲川の流域がどうだったのかは不明だが、この段丘は水位に影響を受けることなく集落を形成していたのであろう。

中尾城見取図①
※「宮坂武男 平成25年2月 信濃の山城と城館③ 上田小県編 中尾城」を参照し作図しています。

そして城跡の推定地とされる場所でそれは確信に変わる。

小牧城2 012竹林の中に美しい切岸を発見する。

ここに堀内さんちと新関さんちの墓所がある。北側の円形の郭は不完全な削平だが小屋掛けしていたのだろう。

小牧城2 017手前は堀内さん、奥は新関さんの墓。

小牧城2 015北に向けて緩い傾斜が続く。

岩下氏とは滋野系海野氏の一族であろう。

対岸は岩下という地名なので、土地の名を名乗ったと思われる。

小牧城2 018この城に堀切は野暮というもの。

小牧城2 022竹やぶの増殖で忘れ去られた切岸上の長方形の郭。苔むした祠群が郷愁を誘う。

室町初期や中期の小豪族の城館とはこの程度だったのだろう。左右を天然の沢に囲まれ切岸を施した高台の郭を持てばそれで良かったのだろう。

小牧城2 024東の沢を遮断する六句沢。

小牧城2 025天然の堀切。この脇から下ノ小屋に登る道がある。


≪中尾城≫ (なかおじょう)

標高:485m 比高5m 
築城年代:不明
築城・居住者:岩下氏
場所:上田市小牧
攻城日:2013年5月3日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要:神社より5分。 駐車場:神社借用。
見どころ:切岸
付近の城跡:下ノ小屋、小牧城下ノ城、上ノ城、上ノ小屋、三日城
注意事項:特に無し
参考文献:「信州の山城と館③ 上田・小県編 宮坂武男著」

小牧城2 223







スポンサーサイト

Posted on 2013/05/04 Sat. 06:00 [edit]

CM: 2
TB: 0

城主からのご挨拶

地域別攻城戦記

諸国在住の皆さまのありがたき進言

もののふ入城者数

在城中の「もののふ」

攻城戦記年表

▲Page top