らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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小牧城 上の城(リテイク 上田市小牧)  

◆東屋まで建てた地元の皆さんに感謝の絶景砦◆

こんな晴天に恵まれたGWに山城三昧とは異常である・・・・(汗)

そんなビョーキ野郎は小生だけかと思いきや「あおれんじゃー」さんも同じビョーキで重症らしい・・(笑)

今回は小牧城の最終リテイクとなる「上の城」のご紹介。

小牧城2 076下の城から見た上の城の勇壮な景色。

通常、上の城と下の城の関係は本城に対する「逃げ込み城」とか「詰め城」の関係であるケースが多く見受けられる。

小牧城における上の城は「物見砦」であると同時に台地上からの攻撃に対する「搦め手の防衛ライン」を担っている。

小牧城上の城②台地上の三角点より約50mに低い位置に立地する上の城と尾根を切り刻んだ六本の堀切。

本来であれば、下の城から上の城への過程を写真と解説するのだが、台地から上の城への防御構造を追ってみたい。

小牧城2 145三角点のある749.7m地点。削平された跡があるので、往時は柵か簡易な門があったのかもしれない。

小牧城2 138堀切㋘から見上げた三角点の平地を見上げる。

小牧城2 147堀切㋘。

病的に刻まれた堀切群が上の城を際立たせている。

北斜面の千曲川への段丘は絶壁と急な崖淵が連続し上下する尾根道は限られている。過剰防衛と思うかもしれないが、下りの攻めに対する痩せ尾根の防衛としては妥当だと思われる。

小牧城2 148二重堀切の㋖と㋗。

小牧城2 151堀切㋕(上巾6m)

小牧城2 155堀切㋔。

よくもまあ、これだけ刻むものだと感心しましたあー(笑)

小牧城2 159

小牧城2 160上の城入り口の堀切と土橋。

六条(正確に数えると七条)の堀切でようやく上の城の祠へ。

何年か前に来たときは藪が酷く、辛うじて見えるその景色に痛く感動したのだが、今回はドギモを抜かれた。

小牧城2 124祠の建つ削平地。

忽然と現れた東屋に自失茫然となった・・・・

小牧城2 125

訪問後に調べてわかったのだが、昨年12月に地元の小牧自治会の有志の方が建設されたのだという。

郭を破壊することなく建てていただいたのだが、意見は分かれると思われる。

でも、小生はこういう建物を建てて近隣の方に訪れて頂くことで「ここに戦国時代の見張りの城があった」という事を知ってもらうには一つのアイディアであり、感謝したいと思う。

小生が「神」として信仰する宮坂武男氏も、荒砥城の復元には強烈な批判をしている。

小牧城2 108

学問や遺跡保護という観点でみれば、このような建物を勝手に建てるのは愚の骨頂であろう。

古文書や検証資料も無い想像上の建物を建てるのは、客寄せパンダのような模擬天守閣をねつ造してきた高度成長期の城跡群の二の舞なのだろうか?

小牧城の東屋に辿り着いた100人のうち、1人でもいいから「山城」に興味を持って頂けたら嬉しい。

小牧城2 110

この趣味の普及にお役に立ちたいと思うから、ヘタクソ極まりないブログでも投稿するのである(笑)

小牧城2 111

小牧城2 114

この素晴らしい景色を、是非新装開店した東屋から見て頂きたいと思います。

小牧城2 116上の城から見た上田市市街地と虚空蔵山・坂城方面。

そして、小牧城が機能したのは第一次と第二次の上田合戦だったのでしょう。

小牧城2 118

「柔よく剛を制す」

そんな言葉の良く似合う城跡ですね。


≪小牧城 上の城≫ (こまきじょううえのしろ 小牧田城)

標高:720m 比高255m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:上田市小牧
攻城日:2013年5月3日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:四箇牧神社より男坂経由で約30分(大手側からは25分)
見どころ:堀切、景色
付近の城跡:中尾城、小牧城下の城、上ノ小屋、下ノ小屋、三日城
注意事項:男坂を帰路にするのは避けるべし。
参考文献:「信州の山城と館③ 上田・小県編 宮坂武男著(平成二十五年)」「小縣郡史(大正十一年)」

小牧城 (40)

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Posted on 2013/05/11 Sat. 00:10 [edit]

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