らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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天城城(千曲市生萱芝山)  

◆天空の山城への最終砦◆

♪♪あなたと~越えたい・・天城越え~♪♪  (笑)

思わず唸りたくなる昭和の‘ど演歌‘「天城越え(石川さゆりの名曲)」とは全く関係が無く、この山城は「てしろじょう」と読む。

天城城 (7)

思い起こせば2009年11月、鞍骨城に攻め入った時に落とすべき砦だったのだが捨て置いた。

とある方の記事で、この城でクーさんに遭遇した事が書かれていたため躊躇したのであった・・(汗)

天城城 (10)往時、二本松峠のレトロ感たっぷりの道標。

松代城塞群で放置しているのは「唐崎山城」「天城城」「ノロシ山」ぐらいだろうか。

鞍骨城も若気の至りでテキトーな記事だったしリテイクせにゃあかんと思っていたので、「いざ出陣!!」(笑)

天城城 (13)毎度感心しきりの標柱。センスがありますね。

千曲市の倉科から長野市松代の清野へ超える二本松峠の西の山が天城山(てんしろやま)で、国土地理院の1/25000の地図にも天城山694.6mの記載がある場所が城跡である。

海津城(松代城)の南に通じる二本松峠は、更埴方面からの主要街道であり、峠を抑える砦として天城城が築かれたのであろう。

天城城概略図①

この砦は尾根の重要な場所を占めていて、派生する尾根の先にある主要な城塞群を抑えている。

北の尾根には謙信公の妻女山、北西の尾根には雨宮氏の唐崎山城、南へ辿れば石積みの城壁で囲まれた鷲尾城、そして南東の尾根には天空の山城の誉れ高き鞍骨城。

天城城 (60)二本松峠の方面に入る竪掘㋐。

連絡用の砦だったのか、それほど凝った防衛構造は無くて至ってシンプルである。

天城城 (20)

天城城 (25)落差はあってもあまり巾の無い堀切㋑

戦国末期まで改修され続けた鞍骨城の出城として見るなら古さは否めない。

しかし唐崎山城と比較すれば、現役時代は長かったと思える。

天城城 (26)堀切㋑から見上げる郭2方面。

天城城 (30)郭2と堀切㋒。

この辺の城塞のスタンダードは「古墳の石室」を利用した砦作りであろうか。

天城城も付近の城と同様に石室を塹壕としたような形跡が見られる。

天城城 (38)

でもね、何でもかんでも「天空の~」ってつければイイというのは安直な発想で思わず失笑する。

「天空の古墳」??????????

森将軍塚古墳にその称号は譲ったらどうでしょうか。この状態では無理がある・・(汗)

天城城 (33)郭1.

天城城 (40)主郭の西下の郭。

天城城 (41)主郭の切岸。

さしたる防御構造は無くて、強いて言えば、唐崎山城方面に堀切がある程度。

この城が落ちることは想定していない。尾根上の各支城が落ちた時は鞍骨城における決戦なのだろう。

ここで止めようという気など無い(笑)

天城城 (43)唐崎山城方面に備えた堀切㋓。かなり埋まっている。

天城城 (46)堀切上部の石積み。

そうは言いつつ、鞍骨城の前衛砦なので石積みによる強化の跡は見られる。

天城城 (50)妻女山方面の郭跡。

二本松峠からは300m、鞍骨城までは1100mの距離にある天城城。

武田時代は海津城への入り口として清野氏が守り、天正壬午の乱では上杉の諸将が対徳川、対北条の防衛最前線として守った砦であろう。

≪天城城≫ (てしろじょう)

標高:694.6m 比高340m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:千曲市生萱芝山
攻城日:2013年5月4日 
お勧め度:★★★☆☆
城跡までの所要時間:千曲市倉科から二本松峠経由で40分
見どころ:堀切、郭、切岸
付近の城跡:唐崎山城、鞍骨城、鷲尾城、妻女山
注意事項:クーさん生息地という情報もあるが?
参考文献:「信州の山城と館② 長野・更埴編 宮坂武男著(平成二十五年)」

鞍骨城2 (189)松代地区から見た天城城。


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Posted on 2013/05/12 Sun. 06:00 [edit]

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