らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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深掘城 (佐久市中込)  

◆八反田城の支城か?◆

今回の記事には全く関係ないのだが、「竹田城の石垣崩落か?」という心配なニュースが飛び込んできた(汗)

天空の城として一躍有名になってからは、猫も杓子も歴史や城跡に全く興味の無い輩もこぞって出掛けるという観光スポットになり、今回の遺跡破損となった。

我々からすれば500年前の史跡に常に定員オーバーが繰り返されればどうなるかは充分想定されていた事であり、訪問した観光客云々というよりは、行政や管轄省庁の対応の遅さと無能さを露呈する結果となった。

あまり有名になり過ぎるのも考えもので、富士山も今年あたりは人の重さで形が変わるような気がする(汗)

竹田城も年がら年中籠城戦では石垣の耐久性も限界だったのだろう・・。

深堀城 (1)千曲パークホテル跡から見た深堀城址。

今回紹介するのは、佐久市役所と同じ千曲川河岸台地の南に位置する「深堀城」。

城と言うよりは、佐久に展開した巨大城館の流れを汲む居館跡というのが正解であろうか。

深堀城見取図①

【城主・城歴】

前回ご紹介した八反田城の城主と考えられている上原筑前の一族で中込・深堀を領有する上原和泉守の居城だという。
その程度であとは全く分からないらしい。

深堀城 (5)奥の森が郭1(皇大神社)で手前の更地が郭2らしい。

深堀城 (7)郭の南端はかなり改変されている。この石垣は最近のものであろう。

国道141号線とその取り付け道路により東半分は壊滅したようだが、西半分に当時の面影を偲ぶ事が出来る。

深堀城 (8)郭1(皇大神社)の南側登り口の石段。河岸段丘上の居館だった事が分かる場所だ。

深堀城 (10)郭1。かなり広い神社の敷地。

深堀城 (18)ファミレスの第二駐車場の入り口にある堀切㋐。深堀地籍の名はこの堀跡から来るのであろうか?

要害というよりは城館であり屋敷もあったと思われる。

ここから北の岩村田に大井宗家の王城を臨み、南は臼田方面、東は本家の八反田城に通じる要所である。

深堀城 (14)本郭から見た根井氏の道本城方面。

現在、小海線が走る線路は城域西側で切岸の跡が僅かながら確認出来る。

深堀城 (20)小海線の線路と切岸。

深堀城 (22)堀切㋑から見た郭1と西側の切岸。

深堀城 (23)改変されているが堀切㋑の痕跡がある。


取るに足らない平地の城館址と思われるかもしれない。

それでも、これだけ遺構が残っているのはマシなほうだろう。

道路開発や宅地造成などで壊滅した中世城館群は数知れない。

「ここには、その昔お侍さんの屋敷があったんだよ・・」そう語り継ぐ人もいずれいなくなるのだろうか?

深堀城 (2)深堀城の主要部。

≪深堀城≫ (ふかぼりじょう)

標高:679.0m 比高15m 
築城年代:不明
築城・居住者:上原氏?
場所:佐久市中込
攻城日:2013年6月16日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間5分 駐車場:路駐
見どころ:土塁、堀切、切岸など
注意事項:郭2は民間の住宅もあるので撮影には注意。
参考文献:「信州の山城と館① 佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:王城、八反田城、志賀城、道本城など





Posted on 2013/06/27 Thu. 21:04 [edit]

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