らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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大遠見城 (小諸市加増)  

◆おおとおみ=おとめ◆

前回ご紹介した繰矢川城もそうだったが、小諸市およびその近郊には監視場所だった地名の名残を示す「大遠見(おおとおみ)」「遠見(とおみ)」の地名が多い。

小諸城の前身で現在の二の丸付近は「乙女坂城」(乙女城とも)、糠塚山(ぬかづかやま)付近の乙女地籍、柏木城の遠見平(おとめたいら)などがあり、隣の東御市にも「乙女平」がある。

今回ご紹介するのは、加増城の物見だったと伝わる「大遠見城」(乙女城)

大遠見城見取図①

【立地】

加増集落の背後の台地の先端(現在の国道18号線加増西交差点を北に登った丘の上)にあったと推定されている。
ここからの眺望は優れていて、小諸市に展開する城郭郡はほとんど網羅できる位置にある。
「大遠見」の場所としてはピカイチであったようだ。

大遠見城 (10)城域の北西のアパート付近から南が城址のようだ。

現地を見る限りでは、要害性は低くほとんど加工もしていない素の丘を適当に削平しただけの場所である。

宮坂武男氏は道路の北側(アパートの東側)に一条の堀形の可能性を認めているが、そこまで普請したとは思えない。

大遠見城 (9)角にお墓の墓地があるT字路を南へ。舗装は途中で消滅するので車での侵入は不可。

【城主・城歴】

古くから「乙女城」として伝承されているが、詳細は全く不明。南西400mの麓に加増城があるが、そこからの見通しは良くないので、加増城の物見砦だった可能性はある。

その加増城も城歴が不明なので、関連を確証するものは何も無い。

大遠見城 (2)農道脇に三角点(760.2m)がある。

大遠見城 (3)耕作地になっている郭1。

残念ながら、この時期は夏草茫々で大遠見と呼ばれた絶品の景色も臨めない・・(汗)

しかも農道が貫通しているとはいえ、私有地に無断侵入しているような錯覚を覚える。

別段悪い事はしていないのだが、変人扱いされてもいいから「誰かそこの畑で作業しててくれ!」(笑)

大遠見城 (4)二の郭は綺麗に整地されている。

在地小土豪の物見砦が、小諸大井氏の勢力拡大により拡張されたと見るべきであろうか?

さしたる防御構造も無いので、武田統治時代以降には更に西側の富士見城(大室城)が重要視され物見の役割も終焉したのかもしれない。

大遠見城 (7)郭2から見た郭1。

北側に展開する菱野方面の砦との連携も可能な位置にあるので、大井氏統治時代には結構重宝されたのかもしれない。


≪大遠見城≫ (おおとおみじょう 乙女城)

標高:740.0m 比高:60m
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小諸市加増
攻城日:2013年7月14日 
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間:- 駐車場:路駐
見どころ:-
注意事項:すれ違う方にはご挨拶を。
参考文献:「信州の山城と館➊佐久編 宮坂武男著 
付近の城址:柏木城、与良城、繰矢川城、糠塚山烽火台など





Posted on 2013/07/26 Fri. 21:41 [edit]

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