らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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火燈城 (南佐久郡南相木村祝平)  

◆祝4周年記念号は、1億年前に誕生した滝に護られた素敵な名前の砦跡◆

どうでもいいようなブログが4年目を迎えた・・・。足をお運びいただき閲覧された皆さまにはヒタスラ感謝です。

信州の城を紹介したいという想いで始めたのは感心だが、今思えば「継続は力なり」を証明する心構えなど欠片も無かった。(飽きたら止めちゃえばイイじゃん的な発想だった)

2009.7.29の青柳城から始まった「愚ログ」は途中存亡の危機を迎えるが、通算掲載記事数470で何とか継続している。

記念すべき4周年特大号(って小学館の付録付きかい!)は、その滝の美しさが見事な火燈城(ひともしじょう)

火燈城 (1)城址が無ければ生きているうちには来なかっただろうと思われる南相木村。

南相木村は、千曲川源流のある川上村(埼玉県との県境)の北側にあり、東側のお隣は群馬県多野郡上野村(日航機の墜落した御巣鷹山のある場所)である。

こんな山間の寂れた場所に城などあるのか?と思われる方もあるかと思うが、武田軍団の信濃先方衆最強軍団と云われた相木氏の本拠地はここだったのだ。

火燈城 (84)火燈城へは「おみかの滝」への入り口看板を辿ると良い。

こんな辺鄙な城址を記事にする輩など皆無だと思っていたのだが、さすが余湖さんである。

宮坂氏の「甘い水」っぽく描かれた縄張図に引っ掛かったようです・・(笑)

まあ、小生もそのうちの一人なんでしょうねえ・・(汗)

南相木城跡 (6)相木宗家の本城である峰尾城(南相木村中島)

実は武田時代に信濃先方衆として活躍したのは、相木宗家の分家で新城の相木城の城代を務めていた相木市兵衛(常栄)であり、天文九年(1540)の武田晴信の佐久侵略戦の時点では既に武田に内通していたらしい。

それでも本家に対しては、あくまで武田に対して抵抗すべしと唱え、見張り城(南相木村日向、北相木村との境)と火燈城の築城を進言し受け入れられた。

火燈城 (81)南相木川の川沿いの道路の突き当たりが城址の入り口。

火燈城 (80)車を乗り捨てて川沿いに歩くと城域への橋がある。

独立を模索していた相木市兵衛常栄は、武田氏の助勢で相木一円を治める事に成功し、そののち、信濃先方衆として武田軍団の先方として比類なき活躍を見せる。

その功績は真田幸隆に勝るとも劣らぬものであり、躑躅ヶ崎舘の城下に屋敷を構えるほどのものであったという。

火燈城 (4)この橋を渡り左に登ると火燈城跡。

その後の相木氏の働きは相木城をご参照願います。

火燈城見取図② 001

小生のブログで出てくる見取図(縄張図)は宮坂氏の縄張図のトレースだろうと思う方もいるかもしれませんが、現実は国土地理院の地図やゼンリンの地図を参照にして作図したものです。

火燈城 (21)城址の東屋。

誰も訪れないこの場所に説明板も無く標柱も無く、南相木村役場は何をしたいのでしょうか??

そんな事だから、相木市兵衛の記念館など建つはずもありません。小生は、その博物館を村中掛けずり回って探しました。

火燈城 (25)堀切㋐。

火燈城 (28)まあ、この角度から見れば城址でしょう。

火燈城 (35)二本目の堀切㋑。

本気で使うつもりなど無かったこの火燈城は、時代と共に忘れられたのでしょうか?

相木100騎として常に武田軍団の戦闘で華々しい活躍を見せた相木氏は武田時代が一番の隆盛期だったんでしょう。真田幸隆と並び「比類なき働き幸隆が先か市兵衛が先か」と持て囃された時代もあったのでしょう。

まあね、それはさておき余湖さんも称賛されている通り、ここの滝(おみかの滝)は素晴らしい。

火燈城 (66)一段目の滝への導線。

城址の帰りに滝を見学するのだが、その魅力たるや言葉に出来ないものがあった。

火燈城 (68)一段目の美しい滝。

火燈城 (70)第一段目の滝壺。

立ち入り禁止の区域に入り、御三甕の滝(おみかのたき)の美しさに翻弄される。

WEB上では城址への遊歩道など知られていないので、上流の第一の滝や滝壺は小生の初公開であろうか。

二段目の滝は洞窟の途中の出窓のような場所にある。

世間的には、ここからの写真が多いようである。

火燈城 (72)

火燈城 (74)このアングルは常識みたいです。

トンネルを抜けて最終三段目を見学する。

火燈城 (76)美しい。


火燈城 (77)悠久の時を刻む、という言葉に1億年が当てはまるのかは疑問だが・・。

相木氏は、武田時代に連戦に次ぐ連戦で故郷に帰る暇など無かったという。

それがゆえに、信玄時代の格下の武将である依田信蕃が許せなかったのであろうか。

その辺の事情は、岩尾城の大井氏に良く似ている。

時にプライドとは厄介なものだが、その為に命を賭す輩の存在もあるのだ。

男のエゴだが、それはそれでカッコイイのである。

火燈城 (78)滝壺から流れ落ちる水は現代へ注ぐのである。

城址はショボイが、1億年前の傑作である滝は必見であろう。

≪火燈城≫ (ひともしじょう)

標高:1023.0m 比高:70m
築城年代:不明
築城・居住者:相木氏
場所:小諸市加増
攻城日:2013年7月28日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:10分 駐車場:畑の脇にあり
見どころ:郭、堀切、おみかの滝
注意事項:滝の撮影は転落注意。
参考文献:「信州の山城と館➊佐久編 宮坂武男著」「定本 佐久の城」 
付近の城址:相木城、峰尾城、丸山、見張り城など





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Posted on 2013/07/31 Wed. 00:05 [edit]

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