らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

0705

浅井城 (佐久市新子田)  

◆プライバシーに阻まれる平地の城館調査◆

正確な事を申せば、国有林でも無い限り険しい山の上の城だって、その土地の所有者がいるので承諾を得るべきなのであろう。

地権者の暗黙の了解で見せて頂いているケースが大半である事に、我々は言葉に尽くせない感謝と敬意の念を表したい。

それに対して、平地の城館跡を調べようとする時、そこには一般の方々の日常生活があり土足でドカドカと踏み込めるものではないのだ・・・。

今回ご紹介するのは佐久市の浅井城。信州の中世城郭の研究における第一人者である宮坂武男氏が推定する平地の城館跡である。

浅井城 (4)城域西側から。段の上は1の郭。

場所の特定も迷いに迷ったが、城域の調査も80%が完全に私有地であり、侵入すらヤバい。承諾無しにデジカメ持ってウロついたら通報必死の場所である(汗)

浅井城 見取図①

申し訳無いのだが、この城址、素性が全く不明であり城主城歴に関する記載など全く無い。

宮坂武男氏の推定に便乗して取材したのだが、写真はプライバシーに抵触するのでほとんど撮れない。お昼時で住民も見かける事もなく、許可も取れないので見張り台とオボシキ場所にも辿りつけない・・(汗)

浅井城 (5)推定の郭1。現役の畑である。

見取図で云うところの「郭3」は住宅の裏の畑ということで全く入れない。

仕方なく西端の墓地周辺から墓参りを装い何とか突入するも、パパラッチ状態・・・(笑)

浅井城 (6)本郭跡から東方面。

【城主・城歴】

全く持って不明で、浅井城という名も何故か分からないのだという。

西隣にある鳥坂城には伝承が残るらしい。香坂川の崖淵河岸段丘の城郭としては「さもありなん」という地形であり、同一の城がいつしか別名で存続したと見るのが自然なような気もする。

浅井城 (8)「家の前」と呼ばれる地籍。この場所に舘があったのだろうか?

詰め城というよりは、平地の居館に見張り台を付帯した為政者の城館であろうか。

浅井城 (11)香坂川からみた郭3の台地。険しい河岸段丘の上にある事が分かる。

ここから東へ進む事数㎞で香坂氏の詰め城と伝わる閼伽流山城がある。(残念ながら未だ訪城していない)牧ノ島(信州新町)の香坂氏は以前はこの地域を治めていたのだという。

城域を一周しロクな踏査も出来ず消化不良の記事となったが、ご勘弁願いたい・・・・(笑)

浅井城 (12)南側より見た浅井城遠景。

≪浅井城≫ (あさいじょう)

標高:706.0m 比高16m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:佐久市新子田
攻城日:2013年6月16日 
お勧め度:★☆☆☆☆
城跡までの所要時間5分 駐車場:路駐
見どころ:-
注意事項:私有地につき無断侵入厳禁
参考文献:「信州の山城と館① 佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:鳥坂城、八反田城、閼伽流山城、ねぶた城など





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Posted on 2013/07/05 Fri. 07:31 [edit]

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