らんまる攻城戦記~兵どもが夢の跡~

「戦国の城」それは近世の城郭のような石垣も天守も無く、土塁と空堀というただの土で作られた戦場の砦。 戦国の世を駆け抜けた貴重な資料の宝庫です。

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菱形城 (小諸市菱野)  

◆在地土豪の古い中世城館◆

連続更新記録が途絶えた。

一昨日は強烈な目まいに見舞われてしまい、午後八時には就寝。まさか展開のであった・・(汗)

昨日は送別会で酔ってしまい記事を更新する気力も無く・・・

ぬるま湯生活に刺激的な荒行を求めるのは所詮無謀だったようである・・(笑)

菱形城(小諸市) (10)城域後部を貫通する県道80号線。(通称:浅間サンライン東部広域農道)

今回ご紹介するのは、発掘調査により南北朝時代の遺構であろうと推定された菱形城(ひしがたじょう)。

千曲川ビューラインの道路工事により硲城はろくな調査もせずに破壊されてしまったが、菱形城は道路工事部分のみ緊急発掘調査されたという。

菱形城(小諸市) (16)削り取られた場所には橋が架かっている。

この城跡が菱形城として認識されているのは、この橋の名前から見てとれる。

菱形城(小諸市) (34)
↑「ええいっ、この表札が目に入らぬか!」(笑)

城域は東を大木沢、西を大久保沢に守られた菱形の舌状台地上にある。

城歴は不明だが、その立地からは在地土豪が集落の住民の為に築いた逃げ込み城の要素も多分に伺える。

菱形城見取図①

菱形城跡は先に述べたとおり、広域農道新設工事の為に昭和五十四年(1979)小諸市教育委員会による発掘調査が行われた。

報告書によると出土遺物としては壊れた石臼八点、古銭一点、鉄製品三点(うち轡が一点)、青銅製金具などである。青銅製の金具は鞐(こはぜ 鎧を装着する際の止め金具)で、鑑定結果は南北朝時代のものであり、この事から、菱形城の時代を特定する要素になっている。

菱形城(小諸市) (5)橋の北側の遺構。耕作地とゲートボール場に改変されている。

菱形城(小諸市) (20)橋を渡った南側。戦闘用というよりは居館を兼ねた広域避難広場と云う感じ。

菱野平付近は「菱野の牧」として吾妻鏡の文献にも登場する。

佐久平とともに良質な馬の産地として牧場が営まれていた事は想像に難くない。

菱形城(小諸市) (24)城域北西も巨大な郭跡がある。

畑の持ち主の方にお話を伺ってみたが、「城跡はここじゃなくて、菱野温泉だよ」と教えていただいた。

おそらく露天風呂のある雲之助城を指していたのでしょう。

ここが城跡だなんて、橋の名前を説明したところで信じてはもらえないでしょうね・・(汗)

菱形城(小諸市) (27)南に続く広大な台地。

菱形城(小諸市) (31)城跡破壊の代償として南端に公園が作られたらしい。既に訪れる人も無き廃墟となっていた。

木曾義仲の時代まで遡るのかは不明だが、城歴は古いようである。

雲之助城との関連も考えられるが、戦国時代を迎える前には使われなくなっていたと考えるのが普通かもしれない。

城域全体の発掘調査を行う事で、さらに年代の絞り込みが出来ると思うのだが、小諸市にその気はあるかしら?

菱形城(小諸市) (4)城跡の入り口に建つ新海三社神社。

≪菱形城≫ (ひしがたじょう 城)

標高:844.0m 比高:20m 
築城年代:不明
築城・居住者:不明
場所:小諸市菱平
攻城日:2013年7月15日 
お勧め度:★★☆☆☆
城跡までの所要時間:5分 駐車場:菱野公民館借用
見どころ:郭跡
注意事項:特に無し
参考文献:「定本佐久の城 1997年」「信濃の山城と館①佐久編 宮坂武男著」
付近の城址:富士見城、高津屋城など

菱形城(小諸市) (39)城域西側から見た菱形城遠景。







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Posted on 2013/08/21 Wed. 21:16 [edit]

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